01

 
虹の代理戦争から4年。

僕のことなんかとっくに忘れているだろうと思っていた白蘭サンから、突然連絡が来た。
僕は、少し傷付いた。いっそ忘れられたままでいたかったのに。

「4年も放置していた元親友を、今度は何に利用したいんですか?」
「正チャン、正チャン、違うんだよ」

困ったような笑い方だけど、本当に困っているのかは僕には分からなかった。

「放置じゃなくてね、僕は4年待っていたんだよ。代理戦争のあと、僕は正チャンと一緒に暮らしたかったんだけど、あの時正チャンはまだ中学生で、それは無理だったから」

また一緒に暮らそうよ、と白蘭サンは言う。あのアメリカの工科大学に通って、またルームシェアをしようって。

僕にしろ白蘭サンにしろ、あの未来でかなり進んだ科学技術を手にしてしまったから、単に学問を習得するという点では大学進学する意味はない。
あるとしたら、少なくとも僕はさっさと飛び級して学生から研究者に上り詰めて、自分が得た知識を、今度はこの世界の為に…この世界に生きる誰かの為に発信することだ。

それが、あの未来の悲劇が時の狭間に消えたのだとしても、僕の贖罪で、僕の義務なんだと思っていた。

「そんな風に、考えてたんだ?やっぱり、正チャンは優しい子だね」

僕なりに背は伸びて、日本人では長身の方なんだけど、より長身の白蘭サンは、僕の赤茶の髪をぽんぽんと撫でた。
「僕はさあ、青春らしい青春を謳歌したいなーなんて、そんなことしか考えてなかったよ」

…今度こそ、この世界で、と白蘭サンは笑う。

「ごめんね」
「何のことですか」
「僕、正チャンがいつか裏切るの、バレバレだって言ったけど、どうしてだか分かる?」
「僕の演技が下手くそだったからでしょう」


「……正チャンが、苦しそうだったからだよ」


僕は、驚いた。皮肉じゃないんだって、分かった。
白蘭サンの声は優しくて、その微笑はほろ苦かったから。

「正チャンがね、僕の隣にいるのは苦しいんだって、僕を止められないのは悲しいんだって、そういうお顔をしていたから。ああ、僕たちの運命は、もう分かれていくんだなあって思ったんだよ」

ごめんね、と白蘭サンはもういちど言って、僕を抱き寄せた。
それは、抱き締めるというほど強い力ではなく。振り解こうと思えばモヤシの僕でも簡単だったと思う。
でも、どうしてか、僕はそうはしなかった。

「いっぱい、辛い思いをさせてごめんね、正チャン。僕はね、もういちどこの場所からやり直したくて、君が大学生になるまで、4年待っていたんだ」

この場所。
それは、未来でも僕と白蘭サンがふたりで暮らしていたコンドミニアム。

ジャパニーズ・ウサギ小屋で育った僕にはむやみに広い物件で、白蘭サンの持ち家だ。だから、正確に言えばルームシェアと言うよりも、僕は白蘭サンに誘われた居候で、チョイスに興じていたのもこの場所だ。

白蘭サンがリビングの窓を開ければ、柔らかな風が吹き込んで、銀の髪がふわりとなびいてきらきらと光を踊らせる。

「……そういうの、自分では見えないから白蘭サンは不幸だったんですよね」
「どういう意味だい?」

ひとも社会も、全部風景に見えると言っていた白蘭サン。

(ねえ、ここ、気持ち悪くない?)

溶け込めない違和感を、白蘭サンはそう表現したのだろう。
でも、僕が見る風景の中にはちゃんと白蘭サンはいてくれて、だから僕の目に映るこの世界は、とても綺麗で大切なものだったのに。

「……白蘭サンの目には見えなくても、白蘭サンが知らなくても、この世界には綺麗なものや幸福が、沢山あるんですよ」
「うん、そうなんだろうなあ。でもね、今の僕には僕の目に映るもので十分だよ。正チャンがさ、そのソファに座っててくれるだけで、僕は嬉しいって思うんだよ」

あまりにも、澄んだ笑い方と本当に嬉しそうな声で答えるから、僕の親友はやはりあのオレンジ色の業火の中で死んでしまって、今目の前にいるひとは、よく似た姿形の別人のような気がする。

でも、僕を覚えていて、しょうちゃん、なんて僕の母さんくらいしか呼ばない気恥ずかしい愛称で呼んで、自分がしでかした悪事も覚えていて、僕にごめんねというのなら、確かに貴方は貴方なのだろう。

だから、貴方がいるこの世界は、やはり僕にとっては綺麗で愛おしいものに映るのだろう。
それだけは、何も、変わらずに。

「正チャン、どうしたの?」

僕が男らしくもなく、いきなりぽろぽろと涙を溢したものだから、白蘭サンは心配そうに僕の背中を擦ってくれた。
視界が霞んで、綺麗な風景に溶け込む銀とスミレ色がぼやけてしまう。

「…白蘭サン」
「何だい?」

あまりにも幸福だと、胸が痛くなることも、あるのだろうか。

「トゥリニセッテを集めなくても…叶う願い事も、幸せも、あるんです」
「……うん」

僕の濡れた頬に触れる白い手はあたたかくて。
僕にそっと触れた唇も、あたたかく柔らかくて。

「…白蘭サン」
「何だい?」
「アメリカでも、親友はmouth to mouthのキスはしないと思います」
「アハハ、僕もそう思うよ」

僕は真っ赤になって、涙は引っ込んで視界がクリアになれば、綺麗な世界の中で綺麗なひとが笑ってた。

「愛しているよ、正チャン」



やりなおしたい。
あなたとふたりで。

この世界で。





〜Fin.〜

 

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