01

 
スパナに通信が繋がらないなんて、珍しい。
スパナは、熱中すると集中力がレーザービームみたいに一点集中してしまって、周りが全部見えなくなるし音声も聞こえなくなる。

僕は、そんなスパナが好きで、…でも、僕にだけは気付いて欲しいな、なんて思っていて、勝手に少し寂しく思う時がある。

言わないよ。スパナ。
だって、少しだけ…だから。大丈夫だよ。
僕は、ありのままの君を好きだよって、言い続けたいんだ。

直接スパナのラボに行くと、ミニモスカが出迎えてくれた。
「スパナは?」

小さな手が、にゅっと指差す。
そこには、ちゃぶ台に突っ伏して、すっかり寝入っているスパナ。

ミニモスカは、僕が来ると自動的にふたり分の緑茶を用意しようとするから、僕は静かに、しーっと呼び止めた。
「今はお茶はいいよ。スパナは疲れて眠っているみたいだから、目が覚めないように、ね」

いつもは、Yesの時はピコピコ言うミニモスカ。今日は音を立てないで目を点滅させてくれた。

スパナの脇によけられたノートPCは、スリープ状態になってる。スパナは、仕事は速くもしないし遅らせもしない、というのがモットーで、正確な時間を見込んだあとは期日をしっかり守ってくれる。

でも、今回に限っては、見込み違いで急ぐことになっちゃったのかな。
もしそうなら、僕に言ってくれればいいのに。スパナ以外の技術者の期日なんて、有って無いようなもので、遅れるのも僕の計算のうちで、ある程度余裕を持って仕事をさせているのに。

僕は、そろそろとスパナに近寄ると、PCとは反対側に座った。
こっち側で良かったなって思った。スパナの寝顔が、よく見えるから。

そう言えば、僕はスパナの寝顔って初めて見るんだって気が付いた。
いつも、綺麗な海の青が印象的な瞳は、今は瞼で閉ざされているのが、不思議な気持ちがした。
髪の毛も綺麗な金髪だけど、睫毛も金色なんだなあって、そのことも今更気付いて。

いちばん、近くにいたつもりだったのに、僕は案外スパナのことをちゃんと見ていなかったんだし、知らなかったんだって、どきどきして、でも胸が痛かった。
きっとスパナは、僕の全部をよく見ていてくれて、僕の全部を見つめながら、好きだよって言ってくれているのに。

僕は、このままスパナの寝顔を静かに見ていたかった。
僕が知らなかった、無防備に安らいでいる君を。

逆なら、あるんだけどな…
僕は、仕事の配分がイマイチで、宵っ張りになって、でもその分は昼間に寝落ちするものだから、何の為に夜遅くまで頑張ったのか分からないよなあって、自分で自分に溜め息を吐いてしまう。

そして、目が覚めた時、僕のデスクにはコーヒー缶とイチゴ飴が置いてあることがある。
僕は、それが嬉しくて、なのにやっぱり寂しくなる。
起こしてくれればよかったのに、って。

そっとして置いてくれた、君の優しさ。
でも、そんな優しい君に、僕は会いたくて、そっと揺り起こしてもらえれば、きっと目が覚めて良かったって嬉しくなるのに。

……ふと、思った。
ひょっとしたら、スパナもそうなのかな。
このまま僕が黙って、「仕事の期日は延ばしてもいいよ。無理をしないで」っていうメモを残して姿を消していたら、君も、寂しいって思うんだろうか。

僕は、そう気付いてしまったら、とても迷ってしまった。
そっと眠らせて置いてあげるのがいいのか、起こしてあげるのがいいのか、分からなくて。

自信が、なかったんだ。
僕が起こしてあげて、スパナが喜んでくれるのか、分からなかったから。

僕は迷って、意気地無しだから、メモも何も残さずに、ただ静かにこの場からいなくなろうと思った。仕事の話なら、また後で通信を入れれば済むんだから。

でも、静かなこの部屋に、こっそりと、僕の気持ちだけを残しておきたかった。
さらりとした金髪が綺麗だと思いながら、そっとスパナの耳元で、小さく小さく、呟いた。

(すきだよ、スパナ)

それだけなのに、僕の頬は熱を持って、とにかく此処から立ち去ろうと思った。

「…しょ…いち…?」

金色の睫毛がふわりと開いて、ぼんやりと僕を見た。
「正一が愛を囁いてくれるとか…幸せすぎる夢…」
「ゆ、夢じゃないんだけど!」

僕は、思わずツッコミを入れてしまって、がーんとショックを受けた。
全然、静かじゃないよ、僕!
でも、本当にびっくりしたんだ。スパナが、こんな僕の小さな声にさえ、気付いてくれるなんて思わなくて。

ぱちん、とスパナの目がはっきり開いて、まじまじと僕を見た。
そして、がっしりと僕の両肩を掴んで、むやみに感動したまなざしで言った。

「愛を囁くの、98%ウチからだ。残りの2%とか、ウチ幸せすぎる」
「99%君からだと思う!ごめんっ!」

君が、惜しみなく降り注ぐ優しい光のように、好きだよ、愛してる、って言葉をくれるから。
僕はつい、受け取るばかりになってしまって。

「謝ることない。正一は、ちゃんとウチのこと想ってくれてる。伝わってきてるよ」

優しくて。あんまり甘い笑顔だから、僕は頬が火照って、いつも海の青に魅入られて、動けなくなってしまう。

「あ…」
「何だ?」

やっと分かった。
僕は、スパナに見つめられると、その青い瞳を見つめ返すのが精一杯で、スパナが白人でインドアらしい、綺麗な白い肌をしているのも、静かな呼吸に少し開いていた唇が淡いピンク色をしているのも、今日まで気付けずにいたんだ、って…

「ウチの顔じっと見て、どうかしたか?」
「あ…あのっ、僕…君の目を見るのがやっとで、君の寝顔を見るまで、睫毛が金色なのさえ気付かなかったんだって……」
「…………」

スパナは、両手で僕の頬を包み込んだ。
「つまり、シャイな正一は、ウチに見つめられただけでいつもドキドキだって、そういうことか?」
「嬉しそうに、確信して言わないでくれないかな!」
「何で?ウチ嬉しいのに決まってるよ」

本当に嬉しいんだって、君はおひさまみたいに笑う。

「ドキドキしながら、もっとウチのこと見て?」

そう、君は言った癖に。
僕の視界は至近距離にぼやけて、君の唇が僕の唇を塞いでた。

「あ…これじゃ、見つめ合えないよな。でもウチ、こんな可愛い正一見てたら、絶対キスしたくなる。ウチだって、ドキドキだから」


すきだよ、正一、…って、君も僕を見つめて言ってくれた。

起こしてしまったけど、よかった。
君が、こんなに幸せそうに笑ってくれたから。





〜Fin.〜
 

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