01
ブルーベルがとてもちっちゃい頃、ブルーベルはびゃくらんを助けられなかった、何も出来なかったって、いっぱいいっぱい、泣いたことがあるの。
その時に、ブルーベルなんて要らない子なんだって、森の奥に走って、綺麗な湖を見つけた。
こんな場所あったかなあって思った。
そこで、出会った。
紅茶色の髪の、緑の瞳の、
「にほんじんの、ひっすあいてむ」
そのひとは、きょとんとしたけど、くすって優しく笑った。
「よく、日本人だって分かったね」
「だって、…」
何となく、知っているような気がしたのよ。
学生服を着ているのも、明るい色の髪と森の緑の瞳の彩をしているのも。
ふしぎな、ひとだった。
手を伸ばせば、小鳥さんがたくさん寄ってきて。そのひと…入江の手や肩に止まって遊ぶの。
でも、ブルーベルが近付いたら、小鳥さんはみんな逃げちゃって、遠い大空に消えてしまった。
やっぱり、ブルーベルは、要らない子なんだって、思った。
「……要らない子じゃ、ないよ」
抱き締めてくれた。あったかかった。
「僕に、辿り付いてくれたから。君が来てくれて、僕は独りじゃなくなったから。…君は、要らない子じゃないよ」
「でも、小鳥さんがいっぱいいたよ?」
「……そうだね。でも、僕は鳥にはなれない」
寂しかったのかなって思って聞いてみたけど、入江は答えてくれなかった。
「白蘭サンもそうだと思うけど…君はね、傍にいてくれるだけで、よかったんだよ」
白蘭サン「も」なんて。ブルーベル、ほっぺたが熱くなった。入江と繋いだ手も、あったかかったんだって、今更気付いた。
それから、出会う度に、入江はブルーベルに向かって優しく笑いかけてくれた。
「また会えたね」って。
ブルーベルと入江が会えるのは、いつも偶然。
でも、偶然って思っているのはブルーベルだけで、入江の方がブルーベルと会ってもいいと思ってくれる時に現れるだけで、ブルーベルの気持ちは、関係無いかも知れない…
「つまり、ブルーベルは正チャンに会いたいんだね♪」
「にゅにゅーーーっ!入江があんなこというから、いっしょにいてあげてもいいっておもうだけよっ!」
あんなこと?ってびゃくらんは首を傾げたけど、ブルーベルは言わなかった。
(君が来てくれて、僕は独りじゃなくなったから)
傍にいてくれるだけでいいって、入江が遠回しに伝えてくれたことばは、ブルーベルと入江のとても大切な秘密のように思えて。
「…しょうちゃん、っていうんだね」
そう言えば、入江も「白蘭サン」って言ってたのを思い出した。
「ん…。親友、だったんだけどね…。でも、それはあの未来と一緒に、なかったことになってしまったんだよ」
びゃくらんは、いつものにっこにこじゃなくて、……ほんとうは、さびしいの?
「でも、びゃくらんは、<みらい>をおぼえてるから、ブルーベルといっしょにいてくれるんでしょ?」
「それは、僕がそう望んで、ブルーベルも同じ気持ちだったからだよ。でも、正チャンは僕を覚えていても、この時代では僕とは関わりたくないのかも知れないね」
同じ未来を、繰り返したくない。
だから、入江はびゃくらんとは会ってくれないんじゃないかな…ってびゃくらんは言った。びゃくらんが、ブルーベルみたいに森を探してみても、入江は決して姿を現すことはなくて、虹の代理戦争のあとは、いちども会えていないんだ…って。
「ねえ、どうして入江は、びゃくらんとあってあげないの?」
「……白蘭サンに、僕が必要の無い人間だからだよ」
ブルーベルは、とてもかなしくなった。
自分の事じゃないのに、泣きたくなった。
「入江は、そばにいるだけでいいって、いってくれたじゃないの!びゃくらんだってそうだよ!!」
「……僕は、いつだってここにいるよ」
入江は、ブルーベルの目を見てくれなかった。
こころを、閉ざしてしまったように、見えた。
「ここにいるのに、白蘭サンには見えない。僕に、気付かない。…それだけのことだよ」
どうして…?
ブルーベルはちっちゃかったから、未来の記憶は、受け取ってもよくわからなかった。
「親友」って、一番大切な友達でしょう?どうして、壊れてしまったの?
「ごめんね…。泣かせてしまったね」
入江は、ブルーベルを抱きしめてくれた。
「僕は、君に笑っていて欲しいのに、泣かせてばかりだね」
そんなこと、ないわ。
入江は、今までとても綺麗なお花が咲く、不思議な場所に何度も連れて行ってくれた。
(君が、好きな花だと思ったんだ)
あとから気付いたけど、そのお花は、どうしてか、季節に関係無かったのよ。まるで、そこだけ時が止まったように。
ふたりで、色々なところへ行った。
でも、ただふたりで、公園のベンチに座ったり、木陰の芝生の上に寝転んで、青空を流れてゆく雲を見ていた時もあった。
「にゅっ!入江は、なんにもしなくて、たいくつじゃないのっ!?」
「……君は、退屈なの?」
う、ってブルーベルは詰まっちゃったわ。
だって、いつもブルーベルを連れ出してくれるのは入江で、気を遣ってくれるのも入江。ブルーベル、なんにもしてない。だからブルーベルが入江を退屈させちゃってるんじゃないかって、それが怖かったんだもの。
「たいくつじゃ…ないわ」
「だったら、よかった」
入江は、木陰で笑った。
「僕は、君の傍にいられるだけで、嬉しいから」
ブルーベル、真っ赤になった。
この言葉だけは、何年経っても慣れなかったのよ。
入江は、白いシロツメクサの花を1本摘み取ると、小さいブルーベルの小さな薬指に飾ってくれた。
「…ゆびわ、みたい」
「指輪だよ」
入江は、優しく笑った。
ずるいわ。ブルーベルばっかり赤くなって。
ちっちゃくたって、薬指の指輪の意味くらい、知ってるのに。
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