01

「ガキじゃねえかよ」

まあ、強さは歳に関係無いんだが、オレは煙草を灰皿に押し付けて写真を見た。

「その写真は、ターゲットがまだ拳法の大会に出る程度に、表の世界でも活躍していた頃のものです。これは、3年連続優勝の時ですよ。」
「表の世界“でも”っていう程度に、既にこの頃には裏にも足を突っ込んでたのかよ」
「彼の両親がチャイナマフィアの人間ですからな」
「成程?」

3年で、この標的は、無敵という称号を手に入れた。
「あまりにも圧倒的な勝ち方だったので飽きたのか、…それとも裏での暗躍をメインにしたのか、この大会を機に彼は姿を消しております。勝負は数秒で十分で、相手は奴に指1本触れられないこともありましたので」
「指1本…?」
「ああ、西洋の御方は御存知ではないか、使わないものかも知れませぬな。…“気”というものですよ」
「ソイツを飛ばすんで、屈強の男どもは触れも出来ねえって訳かよ。シャイなお嬢ちゃんじゃねえか」

標的は男だ。
だが、写真に写っているのはどえらい美少女で、今頃は大層な美女に育っているのに違いない。脱げば拳法家のカラダなんだろうが、顔は男にしておくのには惜しいレベルだ。

「名は?この頃も今も偽名かも知れねえがな」
「風…。無敵の風、というのが通り名ですよ」
「無敵とはまた、大袈裟な称号だな。それが通用する程度の相手って事か。不足はねえな」
「弾丸も素手で弾き返すという噂です」
「おいおい…」

オレは肩をすくめた。
「オレは、その弾丸が武器の拳銃使いだぜ?」
「貴方は貴方で、“最強の殺し屋”でしょう」

依頼者は笑う。
「“最強”と“無敵”はどちらが上でしょうか?」
「さあな」

オレもニヤリと笑いで返した。
「前払いだぜ」

オレは、夜景が美しい高級レストランの個室をあとにした。
全く、あの夜景なら、あの強欲なデブ男よりも、この写真の美人と見たかったもんだ。

つまり、チャイナマフィアにもあちこちに勢力があってお互いに争ったり目を光らせたりしている。
依頼者が何でこの美人を狙うのかは知らねえが、オレはそれを聞くつもりも興味もなかった。大抵、オレの元に来る依頼は、黒い世界の黒い依頼ばかりだからだ。


“無敵の風”
その後オレが手に入れた情報では、コイツはとあるマフィアの依頼で、殺し屋を育てていたらしい。
育てていた、というのは単に指導していたというのではなく、ほんの幼い子どもを預かり、ソイツを拳法使いの殺し屋に育て上げる、という意味だ。

だが、一方で奇妙な噂もある。
コイツは「優しい」っていう話だ。

集めたガキどもには、兄か若い父親のように慕われていたと。
殺し屋として育てた子どもを、任務と称して遠い土地へやり逃がしていたとも。

「…それが事実だってんなら、とんでもねえお人好しだよなァ」

ただでさえ“無敵”のコイツは挑戦者やら怨恨を晴らしたい奴らに追いかけ回されて敵だらけだっただろうに、味方さえ裏切ったんじゃあ居場所がねえだろうに。

だが、“無敵”が簡単に殺されるわけがねえ。殺されたんならオレに依頼は来ねえ。
奴は、何処に逃げた?
……そうだ。コイツは教え子を逃がしついでに、自分も裏社会から逃げたはずだ。かといって、今更一般人として表の世界で生きているとも思えねえ。その手もすぐに追っ手に見つかる。


そして、オレは案外簡単に、無敵と呼ばれる美人を見つけたのだった。
簡単っつっても中国四川省の山奥なんで、辿り付くのには少々難儀したが。

貧しい小さな村から少し…つってもバカでっかい国なんで、一山越えたところに“神”がいるという噂を手に入れた。
伝説ってわけじゃなく、たまたま通りかかったその神とやらは、男とも女ともつかない美しい存在で、高熱が下がらずにもう死ぬかと思われた奴やら、助からねえんじゃねえかっていう怪我人やらを、手をかざしただけで治してやったりしたことが実際にある…っていう話だ。


「これは…珍しいお客さんですね」

オレは特にノックしたわけでもないんだが、粗末な小屋みたいな家から、赤い拳法服の標的が自分から出て来た。
確かに、写真の美少女然とした奴は、オレの理想通りキッチリ美人に成長してやがる。

「お前が“神”かよ」
「何のことでしょうか?」
「お前、死にそうな奴らの病気だの怪我だの治してやったんじゃねえのか?」

美人は困った様子で言った。
「神などと、そんなことになっていたのですか?私は、ただ自然治癒力を助けてあげただけなのですが…」
「“気”とやらかよ。普通の奴に出来ねえことをやるのがお前なんじゃねえのか」

オレは、写真をピッと奴に飛ばしてやった。
それを受け取ると、奴は穏やかに微笑んだ。
「拳法大会の時の写真ですね。懐かしいです」
「…………」

オレは少しの沈黙のあと、話しかけた。
「おい、ふわふわ笑ってやがる美人。何でそっちから出て来た?」
「…………」

また、美人の方が困った表情で応えた。
「私は男なのですが」
「ああ、その写真を見せられたときには、男なのが惜しいと思ったぜ。…“無敵の風”」
「…やはり、そういう理由ですか」

風は、穏やかに言う。
「先の質問に答えますが、私の方から出て来たのは、たまに農作物をお裾分けして下さる村の方々の気配ではない、と思ったからです」
「大したもんだ。オレは特に殺気を飛ばしちゃいねえぜ?」
「だからです。実際にお目にかかってわかりました。貴方は私を殺す理由は有っても、私を敵視する理由を持っていません。貴方は私と手合わせをしたいだけで、貴方の方が強いなら私は結果的に死ぬ。……それだけなのでは?」

オレは、ひゅぅと口笛を吹いた。
「よく分かったな美人。当たりだぜ。オレは、“最強の殺し屋”って呼ばれてんだ。最強と無敵のどっちが強えかってのは、なかなか面白い賭けじゃねえか?」
「私は男です。それに、私にとっては特に面白くはないのですが…」

風は、スッと綺麗な構えを取った。


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