01

 
あまり表情を動かさないと思われている君だけど、口元がムズムズしているから、ああ気に入ったんだなあと僕は思った。

「ウチ、この家がいい」
「……ちょっと大きくない?」

この大きさなら、多少ぎゅうぎゅうするけど、3世代で暮らせると思う。つまり、僕たちふたりだけの同居には、ずいぶん広い物件。

「No problem. 大は小を兼ねるって言うだろ」
「うん…まあ、確かに今時、平屋の一戸建てを見つけるのは難しいんだけど」

これも、クールとか、時には冷たいとさえ言われる海の色の瞳だけど、まるで止まらないロボット談義の時のように、きらきらしてる。

「全部畳…!」
「うん…言うと思ったよ…」

その家は、住宅メーカーじゃなくて、ある大工さんが40年以上前に手がけた木造住宅なのだそうだ。
スパナ好みのとことん和風味で、全ての部屋は畳敷きで、年季の入った柱や鴨居が露出していて、壁は鶯色の砂壁。
当然に、床の間もある。スパナはきっと、「酢花°」と書いた掛け軸と、盆栽を飾りたいのに違いない。

そして、かなり前に建てられたにしては、今時の耐震基準を満たしている。
「元々、伝統的な日本の建物って、地震に強く出来てるだろ」
「そうだね。海外の技術を導入した住宅だと、“いかに家を変形させないか”を考えるものだけど、日本の住宅は柱が柔軟だから“揺れを吸収する”ように出来ているんだ」

つまり伝統的な日本の木造住宅は、「家自体は歪むように揺れる」んだけど、案外住宅の中の物はひっくり返らないし落下も少ない。
西洋建築の場合、「家という箱の形を維持する」代わりに、中身は激しく揺れる、という違い。

「ウチ、ここがいい。庭で家庭菜園やりたい」
「……庭って、結構雑草が生えるよ?」
「抜けばいいと思う」
「それが手間で、結構大変なんだけど…」
「ウチ、手間かけるの好きだ」

そうなんだろうなあと、僕は思った。
出来るだけ手間を回避したい僕と違って、スパナは手間暇かけるのが好きなんだ。同居するにあたって、「僕は家事全般が苦手だよ」と言ったのだけれども、スパナはにこりと笑って「ウチは好きだよ。特に料理。正一が食べてくれるなら、もっといっぱい覚えたい」と答えた。

……何だかもう、断る理由がないなあと、僕はスパナからの同居の誘いにOKサインを出したのだった。

「畳干しやりたい」
「…………」

僕は、もう引っ越せばいいとばかり思っていたのに、スパナのこだわり。
「えええ!?結構大変だと思うよ?お金かかるけど、いっそ新しい畳に替えて貰った方がいいよ」
「使えるのなら、今のを使いたい。“もったいない”っていうの、美しい日本語だ」

そして、30年前の住宅らしく、あまり断熱材が入っていない。
「横の壁面だけだな。スチールウールがだいぶ下の方に偏ってるし。床と天井には元から入っていない。このまんまだと、冬寒くて夏暑い家になると思う」
「何その過酷な環境!?」
「No problem.」

スパナはにこりと笑って、僕の肩をポンと叩いた。

「ウチらのメカニック魂の見せ所だ。特に正一は、ウチと違って建築方面もバッチリだろ」
「…………」

僕は、かなりむきになって壁面、天井、床の断熱を3日間で終わらせた。
「これで結露が出るようなら、僕は切腹してもいい…!!」
「そのくらい自信が有るんだな。でもウチ、正一がハラキリしたら一緒に暮らせないから、しないで欲しい」

結局、僕は引っ越しだけのつもりでいたのに、スパナと一緒に畳を干したり掃除をしたり、障子紙や襖紙の張り替えをしたり。
スパナはスパナで、こだわりのお風呂場とキッチンも改造してくれた。

「食洗機と洗濯機もウチの自信作だ」
「…君って、何でも作るよね……。作ったものは、全部自信作だよね……」

そんなこんなで、日本の伝統と最先端の技術が混じった、僕たちの僕たちらしい家の出来上がり。
ものぐさの僕でも、大変だったけど案外楽しくて、これから僕たちが暮らしてゆく家なんだなあって実感した。

「ありがとう、モスカ」
ミニモスカが、ふたり分の緑茶を縁側まで持ってきてくれた。静かな、秋の夕方。

「うちらの家…なら、Our houseだな。でも、ウチはにとっては Our Homeだ。I'm home.とは言っても、I'm house.とは言わないだろ」

I'm home.なら、「ただいま」。
Home ということばには、ただ建物じゃない、家族を含んだ「家」というあたたかい意味があるから。

僕は、思い出した。スパナは、早い時期に身内を亡くしていたんだ…って。
気付かずに、ただ同居しようと誘われて、スパナペースに巻き込まれたと思っていた僕は、ズキンと胸が痛んだ。

「球根、植えたいよな」
ふたりで縁側に座りながら、スパナが笑った。
「正一、花が好きだろ。春になったら咲く花、ウチも見て見たい」

確かに、今はもう秋で、種まきをするような季節じゃない。
「うん。じゃあ、ふたりで選ぼうか」
「ウチ、花は綺麗だと思うけど、全然分かんないよ」
「綺麗だと思うなら、それで十分だよ。それに、この家を僕たちの家にしたみたいに、春の花も君とふたりで選ぶのがいいと思うんだ」

庭も、僕と君と、ふたりの庭だから。

「正一」
「何?」

綺麗な、青だと思った。優しくて、僕を見つめるその瞳は、どこか甘くて…

視界が像を結ばなくなったから、思わず目を閉じると、ちゅく、と触れた音がした。…スパナの唇が、僕の、唇に。

「正一、ウチと家族になってくれないか?」

僕が返事を出来ずにいるうちに、スパナがもういちど僕の唇を啄んだから、何だかそのまま流されそうになった僕は、真っ赤になって抗議した。

「そ…!そういうことって、同居を申し込む前に言わないかい!?」
「ウン。順序としてはそれが正しいけど、ウチが手順を踏んで“ウチ正一が好きだ、愛してる”って先にホントのこと言って、次に“だから恋人な家族になってくれないか?”って言ってたら、今ウチと正一は、ここで一緒に緑茶飲んでなかったと思う」
「…………」

…僕も、そうだと、思う……

「正一、返事が欲しい」
「返事も何も、僕は君と一緒に畳を干して、障子と襖の張り替えして、この家の断熱までやったんだけど!?」
「…………」

スパナは、きょとんとして、でも次の瞬間に、とても嬉しそうに笑った。

「変化球だけど分かった。正一は、ウチの家族になってくれるんだな」
「……うん」
「恋人な家族だと思っていいか?」

少し、勇気が要ったけど。
「……うん」

君との暮らしは、きっととても楽しくて、きっと幸せだって思えるから。

「愛してるよ、正一」

スピード展開に、僕は同じ言葉を返せなかった。縁側に付いていた君の手に、そっと自分の手を重ねるのが精一杯で。
でも、スパナはきっと僕の気持ちを解ってくれたんだと思う。

「ウチ、幸せだよ」


これから毎日一緒に暮らしてゆく家族の君は、待っていてくれるから。
春に、球根が綺麗な花を咲かせてくれる頃には、言えるのかな。






〜I love you,Spanner.〜

 

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