01

「正チャ〜ン!!」

正一は、いつも思う。7cmヒール(どうやら女性の足を一番美しく見せる高さらしい)で、どうしてあんなに疾走出来るのだろうか。お陰で、僕は逃げられた試しが無い。

「うわーん!寂しかったよ正チャンだいすきーーーっ!!」

思い切り飛び付かれて、正一は50%の確率でどーんとひっくり返る。
今日は、残りの50%の該当したらしく、どうにか抱き止めてよろめくだけで済んだ。

「寂しかったって…たかが3日ぶりじゃないですか」
「だって僕、正チャンとは毎日一緒に居たいんだもん。毎日じゃないと寂しいんだもん」

むぎゅうぅぅ。
花の香りがする…と正一はぼんやり思った。モヤシの自分は、こうされる度に圧死するんじゃないかと思う。

「苦しいです。離してくれませんか。っていうより、お花畑が見えそうです」
「あ、僕ね、香水変えたんだーわかる?」
「ええ。判ります残念ながら」

……とは、正一は答えなかった。
これだけ、しょっちゅうむぎゅーされていたらわかるというものだ。

答える代わりに、正一は7cmヒールの美女白蘭の銀色の髪をぽふぽふと撫でてやった。
「お仕事はどうでしたか?」
「えへへー♪完璧な美女らしく、完璧にエレガントに完璧にセクシーに決めてきたもんね!」
「自分で完璧…いえ、いいです」

アメリカの大学生は、仕事と並行している者も珍しくない。
白蘭もそのひとりで、現在の仕事はモデルだ。しかし、大学での専攻は機械工学で、モデルという職業は「完璧」と言ってのけるほど真剣に向き合いつつも、若いうちだけと割り切っているのだろう。
そして、その仕事の為に、正一と3日会えなくて寂しかった、と言っているのだ。

(何で、いちいち僕に絡むかな)

白蘭は、女神な感じ(正一の友人複数談)に単に見かけだけならば神々しいレベルだと正一も思うのだが、案外親しみやすい人物だ。
そして、ゲーマーだ。ついでに言うと、ジャパニーズ・MANGAも好きだ。
…という訳で、優等生と言うよりもガリ勉風味…だが実際は違う正一とは、案外趣味が被っていて、少なくとも白蘭の方は正一を気に入ってくれた。

少なくとも、というのは、白蘭の正一への関わり方が「一番のお気に入り」であるように見えるからだ。
だから、白蘭が正一に向かって疾走してもダイブしても大好きと叫んでも、男達は「ショーイチお前羨ましい奴だな」と言いつつも嫉妬はしない。

大学創立以来の天才児(中学生くらいに見える東洋マジック)入江は、女神白蘭のお気に入りマスコットなのだ。
むぎゅーしようがディープなキスをしようが(100%白蘭から仕掛ける。ショーイチは獲物に見える)、大好き、愛してるを連呼されようが、ショーイチは白蘭の恋人ではないのだ。

実際、白蘭は「僕は正チャンの恋人になりたいけどまだ親友止まりなの♪」…などと、それひとつで男を撃墜出来そうなウインク付で煙に巻いているように見えるし、入江正一の方も白蘭のことを、「ゲーマーな親友かな…」と言うのだし、友人なのだろう。

「白蘭サン。これ、僕と一緒だった科目のノートです。それ以外は別の人から貰って下さい。白蘭サンのウインクひとつで手に入るでしょう」
「ウインクしなくたって、女の子の友達ならフツーにコピーさせてくれるよ?」
「そうですか。取りあえず、むやみに僕に引っ付いて歩くの、やめてくれませんか」

正一は、傍らの白蘭を軽く見上げた。
…どうして、元々僕より背が高いのに、7cmヒール履くんだよ。

「えー?僕たち、いつもこんなじゃない?」
「そうかもしれませんが、今日はそういう気分じゃないんです」

今更気付いた僕はバカだ。
こんなに腕に抱き付いて歩かれたんじゃ、白蘭サンの…

「あ、ごめんね正チャン。ダイエットに失敗しちゃって、僕の魅惑的なDカップがCカップにダウンしちゃったんだよ」
「どうして僕に謝るんですか!!!」

正一は、どうして僕ばっかり赤くなるんだよ…!とさっきまで白蘭のフニフニがくっついていた腕を振り解いた。

「正チャン、そんなに怒らないで?僕またDカップに復帰するからー」
「僕に言わないでくれませんか!!」

正一自体は地味だが、白蘭が輝くばかりに目立つので、その白蘭がマスコット入江に懐いたり弄ったりする様子は、周囲から羨望のまなざしを浴びたり、或いは失笑されている。

正一は、どのどちらもイヤだった。
こんな関係、羨ましければ誰かにくれてやるとやけっぱちに思うし、どうして自分が笑われなければならないのかと、屈辱すら感じる。

「次の講義同じでしょ?一緒に行こうってばー」
また、たおやかな腕が正一の腕に絡み付いてきて、フニフニだ。
正一は、結局顔が赤らむ自分は、かなり残念な奴だと溜め息を吐きたくなった。

そして、正一は時折思う。
こんな白蘭は、正一を無害な少年と思うから無邪気に振る舞えるのだろうか。…それとも、正一の気持ちを知っていて、からかって遊んでいるのだろうか。

……どちらも、僕は、イヤだ。

「どうしたの?正チャン。ぼんやりして」
正一は、ひょいと白蘭に顔を覗き込まれて、ドキンと我に返った。

きれいな、ひとだ。
透き通るような白い肌。神秘的な紫水晶の瞳。銀糸の髪。

「考え事…です」
「せっかく、3日ぶりに僕に会えたのに?正チャンつれないんだから」

ふくれても、可愛らしい上に綺麗なまま。

(ひとの気も知らないで)

「…?正チャン、今何か言った?」
「講義で隣の席に座るのは構いませんが、静かにしていて下さいよ。僕のノートをあてにしてないで、自分のノートにジャパニーズ・MANGAの落書きをしないで下さい」
「えー?正チャンのノートの方がキレイなのにー」
「僕の字は下手です」
「そうじゃなくてね、論理的にまとまっててわかりやすいって事だよ。正チャンは研究者にも向いてるけど、指導者にも向いてると思うよ?」

ふざけているようでいて。
褒め言葉は相手が喜ぶように的を射ていて。
だから、誰もが貴女に心惹かれる。

僕も、そんな大勢のありふれた人間のひとりに、過ぎない。


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