01-だきしめて

 
正一が里帰りして3日。幻騎士は仕事の一部を自宅に持ち込むことにして、早めに正一の実家を訪ねた。

朗らかに正一の母が迎えてくれる。
「いらっしゃい、幻さん。正ちゃんが待ってるわ♪」
「母さん、いちいち待ってるって言わないーーー!!!」

正一の声が聞こえて、その次にふえ〜んと赤ん坊の泣き声がして、「ごめんね、驚いちゃったよね」とおろおろした声が続く。
幻騎士が正一の部屋のドアを開けると、正一が青藍を抱っこしてベッドに座っている姿が見えた。そして、幻騎士は静かにドアを閉めると、我が子が泣いているのはわかっていたけれども、そっと正一の唇にキスをした。

「オレを待っていてくれたのですか?」

にこりと、幻騎士は笑った。
「オレも正一に会いたいと思っていました」
「うわあああん!!オレ“も”とか、僕の思考を読まないーーー!!!」
「読むというか、オレの片想いではオレが寂しいのですよ」
「〜〜〜〜〜っ」

幻騎士は、正一の隣に腰掛けて、泣いている我が子を正一の腕からそっと受け取ると、小さな頭を撫でた。

「元気に泣くのですね」
「……うん」

正一が、小さく笑う。
幻騎士は、気付いていた。里帰りしたのに、正一の目の下には隈があって、寝不足でとても疲れているのだと。

「この子が泣いて、夜は眠れないのですか?」
「うん…。どうしても、気になっちゃって…。この子、30分寝てくれれば御の字で…10分でまた泣いちゃう感じだから」

“気になる”には、ふたつあるのだろう。
まず、単純に五月蠅くて眠れない。幻騎士も、赤ん坊とはこんなに小さなからだで、こんなにも大きな声で泣くのかと驚いたものだ。

もうひとつは、母親として「どうしたらいいのだろう?」と戸惑い途方にくれるのだ。
おっぱいはあげた、オムツも替えてあげた、重くても抱っこしてゆらゆらとゆらしてあげた、それでも大きな声で、時にはぐずぐずと、いつまでも泣き続ける。

どうしたらいいのだろう?
何が足りないのだろう?

そんな気持ちと疲労に追い詰められてゆく、長い夜。

「赤ちゃんは、泣くのが仕事と言いますが、正一は気にしてしまうのでしょうね。大丈夫ですよ。この子の個性で、正一の所為ではないのですから」
「…………」

正一の緑の瞳が潤んだ。
正一は愛情深い上に責任感が強く、里帰りしてもなお、出来る限り自分で頑張ろうとしているのだろうと、幻騎士には伝わってきた。

「僕も、神経質な赤ちゃんだったみたいだけど、藍くんはもっとそうみたい…。見かけは幻にそっくりなんだから、中身も幻に似てくれたら、きっと落ち着いた子だったよね…」

結局、青藍は藍くんで定着したらしい。
そして、幻騎士はやはり自分にそっくりと言われると何となく困った。

「赤ちゃんの時どうだったかは、成人してからはあまり関係がないような気がします。まだ、産まれて2週間ほどですし、長い目で見れば違ってくると思いますよ」
「……僕、物心ついたときには既に神経質だったんだけど。今でも、緊張するとおなか痛くなるんだけど」

ずーん。

幻騎士は、慰める言葉に困った。
先は長い。いつまでも泣いてばかりの大人などいないのだし、1年2年すれば、時折夜泣きがあっても、夜にまとめて長く眠るようになるはずなのだ。

でも、正一にとってはそれがとても遠く思えて、先が長いからこそ不安で、今感じる自分の気持ちと疲れ切った体が全てなのだろう。
幻騎士は、泣いている我が子ごと正一を抱き寄せた。

「…オレがいます。この先、生涯貴女のそばには、いつでも」
「うん…」

優しい、ヘイゼルの瞳。
まだ正一が14歳だった頃から7年、変わらぬままに。

大きな手が、正一の紅茶色の髪をふわりと梳いて、正一は自然に目を閉じた。
……が、幻騎士はスッと正一から離れた。

「正ちゃん、幻さんとふたりで話したいでしょ?藍くん抱っこしててあげるわよ」

ガチャリと突然開いたドアに、正一は真っ赤になった。
「母さんっ!部屋に入るときにはノックしてっていつも言ってるだろっ!!僕が中学生の時から!!」

幻騎士は、いかにも抱っこしたそうな正一の母に我が子を預けた。
「お気遣いありがとうございます」
「いいのよいいのよ、こういう時の為の里帰りだもの」

上機嫌の母が、泣いている青藍を抱っこしたままぱたんとドアの向こうに消えて、正一は全力でホッとした。

「正直、今のは危なかったですよ」
くすりと幻騎士が笑った。

「オレは、気配には敏感なつもりなのですが、直前まで気付かずに、ナチュラルにキスしてしまうところでした」
「〜〜〜〜〜っ」

幻騎士は、そっと正一をベッドに横たえた。
「幻…?」
「ずっと藍の世話をしていて、立つか座るかで疲れたでしょう?」

その通りだった。気付いてくれたのだと、正一の瞳から涙が溢れ落ちた。こうして横たわることが出来るだけでも、だいぶ体が楽になる。
幻騎士の手が、正一の手を包み込んでくれた。嬉しいのに、切ない。それは…

「しばらくは、お母さんはいらっしゃいませんね」
「え…?」

ギシ、と軽くベッドが軋む音がして、正一は目を瞬いた。
見上げれば、ヘイゼルの瞳がにこりと笑う。

「キスの途中でしたし、貴女を寝かせて抱き締めようとすると、こうなります」

幻騎士は、横たわったままの正一に身を重ねて抱き締め、正一のさくら色の唇をそっと塞いだ。
甘く、深く、何度も角度を変えるくちづけに、正一は身を任せた。

長いくちづけを終えて、正一はとろんとして、はふ、と息継ぎをした。
そんな正一を、愛おしいのだと、幻騎士は見下ろし微笑した。

「オレがしたいようにしたのですが、誰が見ても、オレが貴女を押し倒しているようにしか見えませんね。でも、誰も見ていないのでいいでしょう?」
「〜〜〜〜〜っ」




もういちど、抱き締め合って。

もう少し、このまま。


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