02

かっこいいはともかく、カッコ「可愛い」は男として入江殿にはさぞ不本意であったのに違いない…と思いつつも幻騎士は、驚いた。
多分、ジェッソが併合されてミルフィオーレになり再会する以前は、スパナと正一は高校時代3度だけ、1年に1度出会えただけのはずだ。

スパナは、かなりの美少女→美女にヴァージョンアップする過程で、一切男に興味を持たなかった。
大抵は冷凍庫よりも冷たく断っていたが、めげずに熱意がありなかなか諦めてくれない男に対しては、「幻兄とバトルして。生き残ったらウチお嫁さんになってやる」などと素晴らしく物騒な条件を出すので、どの男も引き下がらずを得なかったのだ。

誰だって、命は惜しい。

幻騎士は、ブラコンも程々にして欲しいと思っていたのだが、一番の理由は、例えもう一生再会出来なくても「好きなひとがいるから」という、あまりにもいじらしい想いであったのだ。

「そうか…」

幻騎士は、その後が続かなくて、芸も無いと思いながらスパナのひよこ頭をぽんぽんとするしかなかった。

「ウチ、マフィアのメカニックで真っ黒な女だけど、片想いの正一に操を立てて、心だけでも修道女よりも清く正しく美しく真っ白なまんまで生きようと思ってたんだ」

けなげを軽く超越した感じの心意気。

「平和の国の正一が、何でマフィアになってたのかは知らない。…でもきっと、それはボスの白蘭に関わる理由なんだ。それに…正一は、ウチのこと覚えていたのに、昔のトモダチだと思って馴れ馴れしくするな、仕事だけ完璧にこなせば命は保証するって言った…。ウチ、3つもショックだ。正一が、大学時代から5年か6年か…ずっと白蘭の傍にいたんだっていうこと…。ウチのこと昔の“トモダチ”だって、分かってたけど念を押したこと。でも、それは“昔の”って付く程度に、ウチは正一にとって過去の人間で、今はウチのことなんかどうでもいいって言ったこと…」

正一は、何も「どうでもいい」とまでは言っていないが、馴れ馴れしくするな、辺りでスパナは打ちのめされたのだろう。
そして、幻騎士としては、「メカニックとしては高く評価されている」というのも言いづらかった。

隊長クラスでさえ、Cランクの者がいるというのに、いくら機密のモスカを手がけるとはいえ、ブラックスペルのスパナにBランクの地位を与えたのは異例だ。そして推挙したのは多分正一だ。白蘭は、大筋のことは決めるけれども、人材のスカウトや配置などについては、正一に任せることが多いからだ。

幻騎士は思う。勘でしかないが、正一はスパナが思っているよりも、遠ざけつつスパナを大切にしているし、良きライバルであった友人時代のことも覚えていて、その心は今でも胸の中にあるのではないか。

「正一は…ウチの仕事は褒めてくれるよ。ウチはちょっとだけでも正一を引き止めたくて、正一はいつも忙しいんだからちょっとくらい休んで、頭脳労働の正一には糖分が必要だからってお菓子出すんだけど、困った顔してる」

だから、このラボには、緑茶以外にコーヒーしかないのだ。スパナはコーヒーは苦手なのだけれども、正一が好きだから。
美味しいと思って欲しくて、ミニモスカには上手な淹れ方をプログラムしてある。

「始めは、仕事のことだけでも褒めてもらえるならいいって…思ってたよ。でも…もうウチだめみたいだ」

ぽつんと、海の色の瞳から涙が零れた。

「正一は、仕事してればウチの命は保証するって言った。それって、仕事しないウチはお払い箱で、死ねっていう意味だ。ウチ、拷問とかねちねちした感じに殺される勇気ないし、幻兄に言っても剣の錆にはしてくれないだろうから、モスカ辺りに一発で殺されたい。そうしたら、ウチに冷たい正一を見るのも、女神レベルの白蘭を見るのも、それでウチが苦しくなるのも、全部終わりに出来るんだ」

…ウチ、死にたい。

そう呟いたスパナは、嗚咽するでもなく、しゃくり上げるでもなく、…でもそれらを懸命に押し殺して、涙だけはぽろぽろ止めることが出来ない。

幻騎士は、柄にもないと思ったが本気で慌てた。
「綺麗になりたい」と思った乙女心は、もう自殺願望にまで追い詰められているのだ。

「…死ぬな」

幻騎士は、スパナを抱き締めた。
そして、正一がマフィアの幹部にしては優しい青年であることを思い出し、スパナが死を選んでしまったなら本当に後悔し、本当に悲しむと思ったのだが、幻騎士は言えなかった。

言っても、スパナには気休めにしか聞こえまい。
正一本人の言葉と心でなければ、何の意味もないのだ。

「少なくとも…お前が死ねば、オレが悲しむ」

幻騎士がジッリョネロを裏切り白蘭の側近になった時、ジッリョネロの誰もが幻騎士に対して恨みと憎しみの目を向けた。
…スパナ以外は。

(幻兄が不実な男じゃないことくらい、ウチ知ってるよ)

(理由は聞かないけど、それでも剣を捧げたい何かが、白蘭にあるんだろ)


腕の中のスパナが、くすんと鼻を鳴らした。
「白蘭は…いいな。ウチが大切なひとはみんな白蘭が一番だ」

スパナは決して、白蘭を悪く言うことはしない。
ただ、捨て置かれた子犬のように佇むだけで。

「ウチ…ばかだ。天才とか、大嘘だ。ウチがちょっとくらい綺麗になったって、関係無い。正一も幻兄も、軽はずみな男じゃないんだ。それでも、正一の心も、幻兄の心も、全部白蘭が持ってるから…ウチじゃダメなんだ」


[ 40/100 ]

[*prev] [next#]
[図書室65]
[しおりを挟む]


話題のバーチャルSNSアプリ
バチャスペ
- ナノ -