Blue sea

 
君が海を見に行きたいと言ったから、車を海へと走らせた。

海水浴シーズンと違って、がらんとした駐車スペースに車を駐めてドアを開けると、思うより大きな波の音が聞こえて驚いた。
……ああ、そうか。夏は人々の賑わいの方に意識が行っていたのか。

「ねえ、早く行こうよ!」

君は駆け出す。僕を振り返ることもなく。

防潮堤の階段を上り切ると、強い海風に君の長い髪が翻る。

「入江、海っ!」
やっと、君が笑って僕を振り返る。

「青い海!」

青は、君の色。
海は、君の、ふるさと。

水の申し子のような君の。
人魚のような、君の。

君は、綺麗になった。

僕は君よりずいぶん年上だから、成長した君にもまだあどけなかった頃の君の面影を重ねてしまうけれども、それでも君は、時折眩しさを感じさせるように、とても綺麗になった。

「どうしたの?入江」
「…嬉しそうだなって思ったんだよ」
「当たり前でしょ。海だもん」
「うん。だから、来て良かったよ」

また、君が駆け出す。防潮堤を下りればもうそこは砂地で、足を取られるのが面倒な君は、お気に入りのサンダルさえポイポイと脱ぎ捨てて走って行ってしまう。
僕はというと、そんな君らしい君の後ろ姿を苦笑して見送りながら、可愛らしいサイズのサンダルを拾い上げる。

海水浴シーズンよりも高い波。
そんなことはお構いなしに、君の白い足は波打ち際にパシャパシャ遊ぶ。

「ブルーベル、服が濡れるよ」
「平気よ。濡れたら洗えばいいだけよ」
「……僕の車の座席が潮水で染みるんだけど?」
「え、なに?」

どうやら、青い海に夢中になる君には、僕の呟きは波の音にかき消されてしまったらしい。

「ブルーベル!そんなに奥に行ったら…!」
「きゃあっ!」

ざぶんと、胸元まで波をかぶる君の声は、悲鳴ではなく歓声だったのだけれども、僕は色を失って君を追いかけた。
そして、僕まで眼鏡に飛沫を浴びて見事に濡れた。

「もー。入江、何やってんの?泳げないくせに」
僕に手を引かれて波打ち際に戻りながら、君は文句を言って、でもおかしそうに笑う。

「まあ…そうなんだけど。君が危ないと思ったら、僕は助けに行きたくなるんだよ。理屈じゃなくて」
「危なくないわ!今のブルーベルは、海でも服着てても泳げるもの」

僕の、助けたいと言った気持ちは要らなかったみたいで、不機嫌になる君。
君は、幼い頃に海で溺れたことがあって、それは今でも君のプライドとして許し難いことであるらしい。そして、今はそんなことはないと主張したいんだろう。

「ごめんね」

本当に、大丈夫なのかもしれない…君なら。
でも、真っ直ぐに青い海に走って行ってしまう君は…

「君が…僕を置いて行ってしまうような、気がしたんだよ」

君は、澄んだ青い瞳を瞬いた。
「どうして?ブルーベルは、入江をひとりになんかしてあげないわ」
「うん…覚えているよ」

僕がどんなに独りで歩いてゆこうとしても、君だけは僕に気付いてくれて、僕に辿り付いてくれた。

(ぜったい、入江をひとりになんか、してあげないんだから!)

「入江、へんなの」
君が、綺麗に笑う。

「ブルーベルは、入江が死ぬまで、入江のそばにいるのに」

僕が、死ぬ。
ずっと僕を独りにしないでくれた君が、簡単にそう言ったから、僕は驚いた。

君は、笑う。
「でもね、入江が死んじゃったら、ブルーベルの幸せも終わっちゃうの。だから、その時には、ブルーベルは、自分でブルーベルを殺すのよ。そうしたら、ブルーベルの魂は、入江を追いかけていって、また一緒にいられるでしょ?」

僕は、何も、言えなかった。
そんなの、ダメだ。生きてと僕は思ったのに。

でも、僕は知っていた。
君は、そういうひとなんだって。

君は、躊躇わずに人間を殺せるんだ、…って。
僕の為だというのなら、尚更。

「ねえ、入江」

ずぶ濡れの、人魚のような君が、僕を見上げる。
「ブルーベルが先に死んじゃったら、入江はかなしい?」
「……かなしいよ」
「どのくらい?」

僕は、考えた。もし、君を失うのなら…

「きっと…僕の幸せも、終わるよ」
「そうなんだ。ブルーベルと、一緒だね」

君は、嬉しそうに言った。

「じゃあ、ブルーベルが死ぬときに、入江も一緒に殺してあげるわ」

君は、笑う。

「そうしたら、ブルーベルは、いつまでも入江をひとりにしないであげられるわ」

…君が、そんなに幸せそうなら。

「いいよ。僕を殺しても。…でも、君が殺していい人間は、僕ひとりだけだって、約束してくれるかい?」
「うん。でもそれは、ずーっと、先のことよ?」

僕たちの命は、今目の前に広がる青い海の遙か向こうまで続いているのだと、君は信じていて。
命とともに、僕たちの幸せも続いてゆくのだと、信じて笑ってくれる。

「…え?何?入江」

突然、僕が君を強く掻き抱いたものだから、君は驚いて、…ああ、耳まで真っ赤になってくれるんだね。

「君を、愛しているよ」

愛する君に、告げる。

「僕は、君と生きて、君と死ぬよ、ブルーベル」
「…うん。ブルーベルも、入江と生きて、入江と死んで、そのあとも入江を独りにしないであげるわ」



僕たちは。

幸せに生きて、幸せに死んで、そのあとは、君が愛したこの青い海に、ふたり手を繋いで還るのだろう。きっと…






〜Fin.〜

 

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