01

 
「貴方は、不本意にも逃げられないと思います」

男のくせに、男に壁ドンされるとは、私の人生でも初の経験だ。
至近距離で、温和に笑っているのは風。無敵の拳法家とやらの癖に、中性的な面差しは多くの美女や美少女が敗北しそうに美しい。

「そうだな。お前から逃げるには、私は非力だ。私は無駄なことはしない主義だ。好きにしろ」
「潔いことです。でも、理知的な判断と、感情は全く別でしょう。ですから私は、“不本意にも”と言ったのです」

風は、にこりと笑った。
「だから、私は今日を以てヴェルデに嫌われると思います」
「思います、なのか?」
「ああ、ヴェルデは曖昧な言い方が嫌いなのでしたね」

柔らかく、笑う。
「嫌われます」
「お前も潔いな。つまり、私に対する嫌がらせか?」
「違います。私の望みの、ごく一部を叶えたいだけです」

何だそれは、とヴェルデが口にするよりも早く、風の腕がヴェルデの首筋に絡み付いていた。
しかし、風が言うほど強引な力でも仕種でもなかった。その、唇に微かに触れるだけのキスは。

「イヤでしょう?」
漆黒の瞳に見つめられて、ヴェルデは言葉を探した。

「……そうでもないな」

風は、意外そうな顔をした。
「イヤだし嫌われると思っていたのですが?」
「正直驚いた。だが、イヤだと拒絶するほどのことでもないし、私がお前を嫌うほどの理由にもならんな」

風は、ヴェルデの言葉にしばらく黙って、そして苦笑した。
「私なりに…本気だったので、拒んでくれないと困ります」
「本気とは何だ。あの、中学生の如きささやかなキスのことか?」
「酷い言われようですね。でも、私はこれ以上言いません」

ふっと、まぼろしのように風が離れた。
だが、人間関係が希薄なヴェルデにとって、風は珍しく大切だと思う友人のひとりなので、キスひとつで仲違いは避けたい。

そして、ヴェルデの優秀な頭脳は、既に風がひとつ、無意識なのか意図的なのか、ヒントを口にしていたことを0.5秒で弾き出した。

(私の望みの、ごく一部を)…

ヴェルデは、立ち去りかけた風の手首を掴んだ。
やはり、そうか。風が本当にヴェルデから遠ざかりたいのであれば、ヴェルデに捕まるわけがない。

「風、お前は分かりやすいな。お前は私に嫌われたくもないし、私から離れてゆきたくもないのだろう」

風の色白の肌が、仄かに染まる。
いつも穏やかに笑っている風は確かに美しいのだが、このように素直に感情を表現するのは、

「認識を改めよう。お前は美しいだけでは済まずに、可愛らしい生き物だったのだな」
「可愛らしいとか、生き物とか、何ですか!」
「おまけに、遠慮深いことだ。お前の怪力なら、私はベッドに押し倒されても無力だぞ」
「そ、そんなことはしません!」

真っ赤だ。うぶだな、とヴェルデは風をみつめた。
どうやら、ベッドは本意ではなかったらしい。そう言えば、キスですらかなり控え目だった。

「お前の望みとは、こういうことか?」

ヴェルデは、風を引き寄せ、抱き締めた。
唇を重ね、慣れない様子の風の口の中に舌を入れて、これでもかと時間をかけて、濃厚なキスをした。

「どうせキスをするなら、この程度に欲張ったらどうだ?」

風は、真っ赤になったまま答えない。答えられないのだろうか。

「純情な割には、私に嫌われる覚悟までして、控え目なキスに留めたのだな」
「……私が言えたことではないかもしれませんが、このようなキスは、私にはしないで下さい」
「このような、とはディープキスのことか?」

風は俯いた。
「ヴェルデが…本当に愛している人に、して下さい」

身長差があるので、俯かれると顔がよく見えなくて困る。

「愛している、風。…ああ、やっと顔を上げたな」
「ヴェルデが、私の気持ちに気付いたのは分かりました。でも、私は嘘が嫌いです」
「嘘とは、私がお前を愛しているということか?」

風の瞳は潤んでいて、泣いてしまいそうで、でもいつも笑顔でいる精神力を持つこの青年は、きっと泣かないのだろうとヴェルデは思った。

「嘘ではない。さっき、私はお前を可愛いと言ったはずだ」
「可愛くありません。ヴェルデの脳内では、私は貴方をベッドに押し倒す怪力でしょう」
「力は有っても、お前は行使すまい?お前の本当の望みは、私に愛されたい、それに尽きるのだからな」

泣きそうで、泣かない。
この、意地っ張りめ。

「安心しろ。私は私で、偽りは好かん。風、お前を愛している。だから行くな」
「いつ、ヴェルデが私を愛する暇があったのですか」
「私は暇人ではない。だが、人間の心とは、変化するものだ。私がお前を失いたくないのだと、お前のいじらしい心に応えたいと思う事は、お前の信頼に値しないのか?」

……そうだ。泣けばいい。
私の元に留まりたいというのなら、こんなにも思い詰めて、私を恋しいと思うのなら。
私の胸で、泣けばいい。

「おまけに、お前は大層可愛らしい。ほかの人間にくれてやるのは惜しい」
「か、可愛くありません!」
「お前の意図はどうあれ、私がそう感じるのだから仕方がなかろう。異論は認めん」

視線が絡むと、涙で潤んだ瞳のまま、風は赤くなってヴェルデを見つめていて、ヴェルデは微笑を返した。


「風、お前を愛している」






〜Fin.〜

 

[ 61/102 ]

[*prev] [next#]
[図書室63]
[しおりを挟む]


BL小説コンテスト結果発表!
テーマ「禁断の関係」
- ナノ -