01
ここまで暑い日なら、サンドレスよ。
ブルーベルは、うっかりすると何でも好きなブルー系にしそうになるけど、このサンドレスは、あえて黄色味を帯びたクリーム地を選んでみたの。
ブルーベルの帽子が、水色のリボンで、長い髪も水色の髪だから、淡い反対色なのがかわいいかなって思ったから。
そのクリーム地に、色んなパステルカラーの小花柄。すそには薄くて透ける生地のレースがひらひら可愛いのも、ブルーベルとしては譲れないポイントだわ。
「初めての服だね。夏らしくて可愛いよ」
初めての服なのは当たりよ、入江。
「かわいいは当たり前だわ。ブランドものでも、だきょうせずにチョイスしたんだもの」
「僕、ブランドもノーブランドもわからなくてごめんね。でも、君によく似合っているよ」
入江がやさしく笑ってくれて、ブルーベルはいつものことなのに、ほっぺたが熱くなる。
だって、デートの時のブルーベルは、入江に「かわいい」だけじゃなくて、「似合う」って思って欲しくておしゃれしているんだもの。
でも。でも。
「暑すぎよ!!!日本が温帯とかぜったいうそよっ!亜熱帯にぶんるいすべきでしょ!!」
「温帯とか亜熱帯とか知っているんだね」
暑いのに、入江は優しい笑顔。
「それでも、日本は四季がはっきりと分かれていて、北部と南部の寒暖の差も大きい、温帯としては典型例の国なんだよ。…まあ、実際夏は東南アジアよりも暑いこともあるし、冬の北国は北欧並だったりするんだけど」
「やっぱり夏は亜熱帯なんじゃないのっ!この気温と湿度って何なのよ!気温だけじゃなくて、空気がもわもわして、蒸されてる気分になって、汗がベタベタかわかない感じ!!イタリアもけっこう暑いけど、こんなんじゃないわ!」
「イタリアは、地方にも寄るけど大雑把には地中海性気候だからね。気温は高いけど乾燥しているから、体感温度としては低いんだろうね」
猛暑でも理系・入江。
「とにかく!せっかくのサンドレスが汗でベッタリになって、ブルーベルの髪が首筋にへばり付いてキモチワルイ感じなのよ!!夏げんていで亜熱帯でいいじゃないのっ!!!」
「髪を結ぶゴムでも買う?」
「ぜったいイヤよっ!!」
だって、ブルーベルの髪は、こうしてふわって下ろしているのが一番きれいなのよ。
「わかったわ…。これは、ブルーベルの修行なのよ。髪の毛がへばりついても、ブルーベルは美麗な髪の毛をおろしたまんまで苦行にたえるのよ…!」
「君まで、“美麗”って言うようになったんだね…いや、いいよ」
入江は、ブルーベルの手を引いて歩き出した。
「少しは涼しいかもしれない場所に、行ってみる?」
「…………」
暑さでいらいら気味のブルーベル、にゅーって叫んで足を踏み鳴らした。
「どーして!早くそれ言ってくれなかったのよ!!」
「う…ん。僕が以前行ったの何年も前の冬で、夏は知らないんだよ。冬は結構寒い家だったから、今に行ってみるのはいいかもしれないなあって」
何年も前…って、いつ頃?
入江が、お父さんやお母さんや…お姉さんと一緒にいたころなの…?
ブルーベルは、聞けないまま下を向いて入江の隣を歩いてた。
「あ…」
急に、足元が暗くなった。
ううん、辺り一面、背の高い杉林の日陰で。
「さっきまで…街の中に、いたよね」
「そうだね。でも、君があんまり暑いって言うから」
ブルーベルには、わかった。
入江は、またブルーベルを「ふたりしかいない場所」に連れて来たんだって。
歩いてゆく小径は、少し湿っている気配がして、ビルも歩道もアスファルトも、何もかもが強い光を反射してた眩すぎる街とは全然違う。
夏の日差しが遮られて、緩やかな風を感じているだけで、いらいらするような暑さはどこかに消えてしまったような気がする。
「ここだよ」
林を過ぎて、また強い光の下に出て、ブルーベルは一瞬手でその光を遮った。
目を細めて見てみると、そこにはブルーベルが見ても分かる、日本様式のとても古い家があった。
「屋根が、…何かの、植物…?」
「茅葺き(かやぶき)屋根って言ってね、分厚く重ねてあるから、雨が降っても雨漏りすることはないんだよ。この茅がね、梅雨の間にたくさんの雨を吸って、夏になると日差しや暑さでその水分が蒸発して、気化熱を奪って行くはずだから、夏は涼しくなると思うよ」
「入江…宇宙語だわ…」
「あはは、とにかく、古民家の屋根は、夏には涼しくなるように出来ているっていうことだよ」
古民家…っていうのね。
昔の日本人が住んでた家。
「何だか…全部、開け放ってあるわ。あと、これって“しょうじ”?」
「うん、障子だよ。障子も雨戸も全部開けているんだね」
「ガラスは?」
「無いよ」
さらっと入江は言った。
「だから、冬来た時には寒かったよ」
「それ当たり前でしょーーー!!!」
「でも、昔の家ってこんなだったんだよね。入ってみようか」
「え。いいの?」
誰の家かもわからないのにってブルーベルは思ったけど、入江が靴を脱いで中に入ったから、サンダルを脱いで上がってみた。
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[図書室63]
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