01
朝…と、正一はぼんやり思った。カーテンを透かす淡い光に。
そして、気付いた。
銀色。
それは、白皙の頬にさらりとこぼれていて…
正一は、見蕩れつつも、かっちんと固まった。
眼鏡を外していても分かる、至近距離の、この世のものとも思えない美形…!!!
髪と同じ銀色の、長い睫毛がふわりと幻想的に開かれる。
「あ…正チャン、起きてたんだ」
白蘭の笑顔は、正一がどきんとするほど綺麗で、なのに戸惑うほどに無邪気で、あどけなくさえ見えた。
「おはよ、正チャン」
白蘭は、嬉しそうに言って、正一の頭部を引き寄せた。
ちゅ…と優しく触れるだけのキス。それだけで、正一は頬が火照って、胸がどきどきする。
それなのに。…なのに、なのになのに…!
正一は、挙動不審になりそうにショックだった。
ふたりで迎える、初めての朝、…なのに。
僕は、昨夜、白蘭サンと何もしていない…!!
「どうしたんだい?正チャン」
「な、ななな何でも、ありません!!」
確かに、何でもない。何も無かった。
挙式はまだとはいえ、結婚を前提に同居を始めたのだから、同じベッドで過ごすことは当然だ。
同じベッド→おとなっぽいこと(正一の思考回路)
正一なりに、緊張していたのだ。
何しろ、自分はキスしか知らない。(ふっかいのはまだ。多分白蘭サンが手加減してくれていると思う)
それが、ふっかいキスをして更に大人の階段。緊張するなと言っても無理。
それなのに。
気が付いたら、朝だったのだ。多分、引っ越し疲れで、コテンと行ってしまったのだと思う。
ど…どうしよう!?
「よく眠れた?」
「は、はい…」
「可愛いなあって、見てたんだ」
「え…?」
白蘭の手が、正一の癖っ毛を手櫛で梳いた。
「正チャンの寝顔。あんなに僕を警戒していた君なのに、すっかり安心しきってる寝顔で、可愛いなあって」
昨夜のことだと、正一にもすぐに分かって、かーっと頬が熱を持った。
白蘭は、正一がよく眠っているので、正一を起こさないようにそっとベッドに入ってくれたのだろう。
「本当は、正チャンが僕のプロポーズを受け容れてくれたときには、正チャンは僕の気持ちを信じていてくれたのにね。僕の方が、自信を持てずにいたんだよ。君だけを、ずっと愛して生きていくよっていう僕の心は、ちゃんと君に届いているのかなあって。…信じて貰えているのかなって」
愛おしいのだと、白蘭が優しく微笑む。
「でも、正チャンは、とっくに解っていてくれたのかな。僕は二度と、君を傷付けたり悲しませることはしないんだ、って」
そっと、正一は白蘭に抱き寄せられた。
「僕を、信じてくれてありがと。…愛しているよ、正チャン」
白蘭のぬくもりを感じながら、白蘭の言葉に、正一は胸が壊れそうだと思った。
自分は、何も分かっていなかったのではないかと。
やっと、何年も秘めていた片想いが叶ったのは幸福だったし、すぐにプロポーズをしてもらったのも、きっと王子様に見初められたシンデレラはこんな気持ちだったのだろうかと思った。
そのくらい、正一にとって白蘭との恋も結婚も夢のようで……逆に言えばふわふわと現実感が乏しかったのだと、今気付かされた。
誠実で一途なのは自分の方で、今と今後はともかく、長らく不実で気紛れなのは白蘭の方だと思っていたのだ。
すき、と思いながらも信じられずに、白蘭の求愛を本気にしたら負けで、捨てられるのだと怖れている自分がいた。
(信じてくれてありがと)
素朴な、愛の言葉。
白蘭は、正一を愛してくれていて、その想いが通じたことが幸せなのだと、そっと伝えてくれていて。
「正チャン、泣いてるの…?僕、何か悪いこと言ってしまった?」
正一は、小さく首を振った。
(僕は、しあわせだと、思っても、いいですか)
正一はそう問い掛けようとして、まだ自分は臆病に立ち止まりかけたのだと、伝える言葉を変えた。
勇気を、出して。
「白蘭サン…」
「何だい?」
「僕…しあわせ、です」
正一を抱き締める白蘭の腕に、少しだけ力が篭もった。
「初めて、聞いたよ」
すきですと、伝えたことはあっても、幸福だと伝えたのはこれが初めてで。
「嬉しいよ。…僕も、しあわせだよ、正チャン」
キスをした。
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