01
「ウチ、正一が好きだったよ」
僕は、立ち尽くした。だって、今までの言葉は…
(ウチ、正一のこと好きだ)
「本当に、好きだったんだ」
それは、僕の気の所為ではなく、過去形だった。
「でも、もう諦めるよ」
青い瞳は澄んでいて、スパナは笑ってくれた。少し、寂しげに。
「振られる以前に、信じても貰えなかったから。…それだけは、ウチ、ちょっと辛かった」
僕は、どんな顔をしていたんだろうか。
スパナは、困ったように、でも優しく笑った。
「正一がそんな顔することないよ。…今まで、しつこくして、すまない」
君の手が、僕の髪に触れようとして、でもそうしてはならないのだと、すっと僕から離れた。
赤茶の癖っ毛で、僕は好きじゃないと言ったのに、君は紅茶色で綺麗と言ってくれた、僕の髪。
そして、夕方の誰もいない教室から、君は出て行く。僕を、残して。
(ウチ、正一のこと、好きなんだ)
(からかうなよ)
(からかってない、好きだよ)
(いい加減にしてくれよ)
(でも、本当に好きなんだ)
(好きなんだ、ウチのこと信じて)
僕が戸惑って、男だろって言っても、どうしたらいいのかわからなくて邪険にしてしまっても、何度も何度も、君から贈られ続けた「好きだよ」の言葉。
僕は、信じるのが、怖かったんだ。
君は綺麗な容姿をしていて気さくで、みんなを惹き付けるひとなのに、どうして僕なんだろうって。
僕は男なんだし、頭脳だけは恵まれたみたいだけど、パッとしないチビで、こんな僕の何がいいんだろうって。
でも、臆病に拒み続けているたびに、君が傷付いていたことに、僕は気付かなかった。
好きだった、って君は僕への気持ちを過去にして、明日へと歩き出すことを選んでしまった。
失って、今更独りで泣く僕は、本当に意気地無しで、身勝手だ。
からかわれていたって、君が本気じゃなくても、よかったのに。
君からの「好きだよ」が、僕は本当は嬉しかったのに。
日が暮れてから、とぼとぼ家に帰った。
夕食も残して、ベッドに突っ伏していると、また涙が伝い落ちて、シーツに染みを作る。
「スパナ…好きだよ」
ぽつんと呟いてみたら、本当にそうだったんだって、ぽろぽろ涙がこぼれた。
(好きだよ、正一)
何度も何度も、伝え続けてくれた君は、一体どんな気持ちでいたんだろう?
どんな気持ちで、諦めるよって僕に告げたんだろう?
まだ、間に合う?
……ううん、間に合わなくても、僕は君に伝えたいんだ。
携帯電話を取り出して、足りない勇気にただ画面を何分も見つめて、やっと僕は、スパナに電話をかけた。
『正一?』
「…うん。」
『どうした?』
「…………」
伝えなきゃ。
そう思うのに、僕は小さい子どもみたいにしゃくりあげて、なかなか言葉にならなかった。
『泣いてるのか?何があった?』
「…す、き」
やっと言えたのに、小さな声。
電話の向こうで、君は黙ったままだから、聞こえなかったんだろうか。
「僕は…、スパナが、好きなんだ」
「信じて…」
僕は君を信じてあげなかったのに。
今更遅いよって言われても、もう好きじゃないって言われても、せめて信じて欲しくて。
『…うん。信じるよ、正一』
電話の向こうから、優しい声が聞こえた。
『ウチ、すごく幸せだ。ウチも正一のこと、好きなまんまだよ』
「うん…。僕も…しあわせ、だよ」
『でもウチ、痛恨だ』
「え…?」
『傍にいたら、泣いてる正一抱き締めてやれるのに、出来ない』
「…………」
僕は、嬉しくて、やっと笑顔になれて、指で涙を拭った。
「大丈夫だよ。もう泣いてないから」
『泣いてなくても、抱き締めたい』
僕は、携帯電話を握りしめながら、真っ赤になった。
「うん…。いいよ…」
きっと明日、誰もいない教室で、君は僕を抱き締めてくれるんだ。
〜Fin.〜
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