01

蒸し暑い日本とは違うけれども、やはり暑いイタリアの夏。
乾燥していても、気温的に暑いものは暑い。

「にゅ…。とけそうだわ…」

ブルーベルは、お気に入りのパフスリーブのワンピースが汚れそうじゃないの!とイライラしながら、でも言葉はだるんと元気なく言った。

「このアイスバーよりもとけそうよ…」
「僕も、アイスコーヒーのアイスの部分が怪しくなってきたよ」
「セミに罪はないけど、余計に暑くなるような気がするわ…」
「そうだね。…でも、セミの種類にもよるし諸説あるけど、セミの幼虫は数年から十数年も土で過ごすんだ。やっと地上に出て成虫になってからは、2週間から長くても1ヶ月くらいしか、生きていられない」

そう思うと、少し切ないよね…と言う正一の横顔を、ブルーベルは見ていた。

「…?どうしたんだい」
「こ、こんなに暑くても、意地でも理系って思っただけよっ!」
「そう。ごめんね」

正一は、柔らかい口調で優しく笑う。
……入江は、暑いからってブルーベルみたいに、イライラなんてしないのよ。
セミにまで優しい気持ちの入江のお顔を見ているときだけ、ブルーベルは暑いのを忘れていたのよ。

でも。暑いのを思い出しちゃったブルーベル、せっかくのデートなのに、木陰のベンチから動く気がしない。
「じゃあ、待ってて。飲み物を買ってくるよ。何がいい?」
「……コーヒーじゃないのがいいわ……」
「分かったよ」

くすって笑って入江が木陰から出て行く。

だって、コーヒーは大人の味よ。
入江は高校生でおとなだけど、ブルーベルは子どもだもの。やっと“びたんさん”からふつうの“たんさん”にランクアップ出来たところなのよ。

あ…でも、コーラはまだクリアできてないって言えばよかった。でもオレンジジュースなら大丈夫なんだけど。

正一が走って行ってしまって、ブルーベルには、まるで正一が消えてしまったように見えた。
日差しが強い分、木陰は暗くて、外の世界は白く眩しすぎて、思わず目が細くなってしまう。その白い世界へと、正一がブルーベルを置いて、行ってしまったような気がして…

「入江…」

ブルーベルは、ぽつんと呟いた。
ただ飲み物を買いに行ったにしては遅いと、待ち続けるブルーベルは思ったのだ。

お店が混んでいるから…?
それとも、暑くてつらいのも、正一を待つ時間も、ブルーベルが長く感じてしまうだけ…?

「入江、どこ…?」

ブルーベルは、木陰のベンチから立ち上がった。
歩を進めると、やはり街は眩しくて、ブルーベルはきゅっと目を閉じた。もういちどそっと目を開いてみると、視界が慣れてきて白い世界は夏の街になっていた。でも…

「入江…どこに、いるの…?」

イタリア人は暑さを避けてあまり出歩かない時間帯だが、外国からの観光客でそこそこ賑わう休日の街なのに。

(だれも、いない…)

また、正一とふたりだけの世界にやって来たのだろうかと、ブルーベルは歩き出した。
でも、セミの声だけは聞こえる。

(あつい…)

頭がぼぅっとして、お気に入りのサンダルで歩く足も、何だかふわふわする。

(いりえ…)

呼びたいのに、声が出ない。
ブルーベル、いったい、どうしちゃったのかしら…?

ブルーベルは、ふと足を止めた。
…こんなとこ、カフェあったかな?

日差しが届かない北向きの店内は暗くて、何となくブルーベルはそこに入ってみる気になった。
ギィ、と戸が軋む音がしたので、古い店なのかな、とブルーベルは思った。

「おや…。可愛いお嬢さんだね」

薄暗い店内は、思うより涼しかった。カウンターの向こうにはマスターとおぼしき初老の人物がいて、ブルーベルに声をかけた。
外には誰もいなかったけれども、ここには人がいるのだから、いつもと違うようだ。

「どうしたのかね?」
「入江を、捜していたの」

正一が連れて来てくれた世界なら、行方を知っているかもしれないと、ブルーベルは言ってみた。

「ジャッポーネの高校生よ。でも、髪は赤茶色で、グリーンアイズなの。にほんじんのひっすあいてむ・メガネをかけてるわ」
「知らないねえ…。まだ、ここには来ていないよ」

(まだ…?)

不思議な言い方をするのだと、ブルーベルは思った。


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