01

「どろっぽいわ」
「実際、泥だよ。沼だからね」

くすりと正一は笑った。
「沼は、湖よりも水深が浅くて、透明度も低い…つまり、綺麗じゃないんだ」

にゅー、とブルーベルは不満そうだ。
「広くて青い湖がすきだわ」
「そうだろうね。…でも、こういう泥の中じゃないと、あの花は咲かない」
「あ…!」

車で走ってゆくと、遠くに見えてきた…あれはきっと、水上に咲くピンク色の花。

「きれい!スイレン?」
「似ているけど、蓮の花だよ。睡蓮は水のすぐ上に咲いて、蓮の花は水から茎を出して、もっと上に咲くんだ」
「ふうん…おんなじかとおもってた」
「実際、同じだと思っている人は多んだ。でも、蓮の下の部分は蓮根=レンコンだよ。食用」
「煮物になるやつっ?ろまんちっくじゃないわっ!」
「あはは、シャキシャキして美味しいよね」

車を駐車場に置いて、ボート乗り場に向かう。
「ねえ、どうしてどろがいいの?」
「僕も、よく知らないんだ。でも、澄んだ綺麗な水だと、小さい花しか咲かないんだって」

手を繋いで、歩きながら正一は言った。
「蓮の花は、仏教ではお釈迦様が乗る台座なんだよ。蓮は、泥水が濃ければ濃いほど、大輪の花を咲かせる。お釈迦様は、美しい花を咲かせるためには、泥が必要だっていうことを伝えたかったんだろうね。その泥って言うのは、人間の、色々な悲しみ、つらさ、大変なことの例えで、そういうことを経験しない限り、悟ることはできないという教えなんだと思う。そんな苦難なときが来たら、その先には悟りの美しい世界があると信じ続ける、…っていうことなのかな」
「にゅ…。わかるような気がするけど、わかんないような気もするわ」

こうして、正一と手を繋いでいるのは、安心するから。
安心するのに、どきどきして、幸せだから。

「人間って、幸せにならなきゃわかんないことが、いっぱいいっぱいあると思うもの。つらいめにあいすぎて、すさんじゃったり、ゆがんじゃったり、悪人になっちゃうひとだって、いっぱいいっぱいいるわ。…いたのよ」

真六弔花が、まさにそうだとブルーベルは思うのだ。

「つらいめにあったとき、誰かをにくんだり…神様をうらんだりするのは、やっぱり悪いことなの?」
「……難しいね」

正一は、ブルーベルと繋ぐ手に、そっと力を込めた。

「それでも…僕は、君を責めない人間でありたい」

ブルーベルが見上げると、正一の緑の瞳が優しく見つめていた。

「すきだよ、ブルーベル」
「…………」

ブルーベルは、にゅにゅーっと叫んで、思わず正一の手を放してしまった。

「き、きゅうに、なんなのっ!」
「急にじゃないよ」

正一は、柔らかく微笑した。
「僕は僕で、君は君だから、何でも同じ意見を持つことは出来ない。だから、僕は、君が間違っていると思ったら、そう言うし止めるんだと思う。……それでも、僕は君を責めることはしないし、君を好きだよって伝え続けたいんだ」

あんまり、やさしく、わらうから。

そっと、そっと、ゆるしてくれているから。

「にゅにゅーーーっ!入江のくせに、ころしもんくーーー!!!」
「ごめんね。でも好きだよ」

正一が笑って、ブルーベルが真っ赤になって。
もういちど、ふたりの手は繋がれる。

ボートに乗るには、渡した板がぐらぐらしてちょっと怖かったけれども、先に乗っていた正一が支えてくれて、他のお客と一緒に席に座った。

「うわぁ…!」

沼の一帯に咲き誇る蓮の花。ボートが、大ぶりのピンクの花と、大きな葉の間を、エンジン音を響かせて進んでゆく。
ほぼ満開だが、これから咲きそうな蕾も、ほとんど散ってしまった花もある。
ブルーベルは、水の上に落ちている花びらに手を伸ばした。

「おっきい。きれい!持ってかえりたいな」
「そうだね」
正一も、水面に手を伸ばして、綺麗な花びらを1枚取ってブルーベルに渡した。

「きれいだけど、帰る前にしおれちゃうかなあ…」
「もしそうでも、また毎年来ればいいよ。…何度でも」
「…………」

ブルーベルはにゅーっと叫びそうになったけれども、他のお客もいるので我慢した。

ころしもんくだわ。
…それって、これからも、ずっとずっと、いっしょにいるよ、っていうこと…?

遠くに行くって、入江は言っていたわ。
ブルーベルの返事は、おとなになってからでいいって…

ねえ。入江は中学生のときから、ブルーベルにはおとなみたいだったわ。
でも、ブルーベルが大人になるのは、いつ?


[ 26/100 ]

[*prev] [next#]
[図書室62]
[しおりを挟む]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -