01
「先日、お客様に頂いた紅茶なんです。美味しいですよ」
「…にゅ。のんでみる」
真六弔花では、紅茶でもコーヒーでもマシマロココアでも、淹れてくれるのは全部桔梗だ。
だから、ユニが紅茶を淹れてくれるのを、ブルーベルは不思議な思いで見ていた。
「ユニは、ちいさいのに、おとなだわ」
「え…そうですか?」
「だって、こうちゃをじぶんでいれられるでしょ。それに」
何よりも…
「だれも、ユニをこどもあつかいしてないわ」
「そうでしょうか…。私なりに、自分は子どもだと思うのですけれども」
「ユニがじぶんでどうおもうかじゃないわ。みんな、ユニのことを“姫”ってだいじにするけど、それはこどもあつかいとはちがうのよ。ユニはたぶん、あのみらいとおなじこころをもってるもの」
ブルーベルは、幼いが故に、未来の記憶を得ても、その意味が分からずに曖昧な部分が多い。
でも、ユニは見かけは幼くとも、全部理解出来ている様子で、虹の代理戦争でも大人の輪に入って話をしていた。
「ユニがこどもだなんて、みかけだけよ。なかみはおとなだわ」
断言されて、ユニは困りながらもブルーベルに紅茶を差し出した。
「……ユニ。こうちゃにいれるさとうって、それだけ?」
「ええ…そうですが」
スプーン1杯。
「ユニは、やっぱりおとなよ!ブルーベルは、さとうもミルクも、どっぱりなのよ!!」
「あの…どうぞ。いっぱいありますから…」
ブルーベルは、遠慮無くどっぱりと入れて甘くした。
「ねえ、ユニ」
「はい」
紅茶が熱いので、ブルーベルは少し待ってから飲もうと思い、テーブルに頬杖を付いた。
「ユニは、どうして、みんなのためにしねるの?」
「え…?」
突然の問いに、ユニは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「みらいのことよ。ブルーベルはしらないんだけど、びゃくらんがいっていたわ。ユニは、アルコバレーノをいきかえらせるために、じぶんはしんじゃったんだ、って。でもそれは、アルコバレーノだけのためじゃなくて<せかい>のためだったんだ、って」
ブルーベルは、そこまで言って、んーと、考えた。
「せかいのため、なんてよくわかんないってブルーベルがいったら、びゃくらんは、わかりやすくいうと“みんなのため”だよ、っていってた。どうして?」
どうして、と改めて問われると、ユニは返答に窮した。
でも、ユニは未来の自分のことはよく覚えていた。
あのとき、死ぬのは、怖かった。しかし、自分を捧げることが、自分が唯一出来ることであり、自分の運命だと思っていた。
祖母のルーチェや母のアリアのことはよく知らないけれども、大空のアルコバレーノとは、そういう存在なのだと、理屈でなくそう思ったのだ。
「“たんめいののろい”だったから?ブルーベルには、わかんないわ。みじかいいのちだっていうのなら、そのいのちは、じぶんのためにつかうわ。だれかにあげたりなんか、しないわ」
「…………」
「ブルーベルだったら、入江とどっかににげちゃうもの」
ブルーベルは、頬杖を付くのは止めて、紅茶をふーふーして飲んだ。
「そのほうが、ブルーベルはしあわせだもの。さいごまで、入江といっしょにいたいもの。それに、じぶんがしぬまでは、すきなひとを独りにしないであげたいわ。ブルーベルは、入江にやくそくしたのよ。ぜったいに、入江をひとりになんかしてあげない、って」
「…………」
「ブルーベルは、なんのためにしぬか、なんてかんがえたこともなかったわ。ブルーベルがしあわせだってわらっていきていくのなら、きっと入江は、それだけでしあわせだよってわらってくれるもの。入江がしあわせにいきてくれるのなら、ブルーベルもしあわせなきもちになれるもの」
「…………」
ユニの紅茶だけが、口を付けられないまま冷めてゆくことに、ふたりとも気付いていなかった。
「ひとは、しぬわ。でも、ブルーベルはしにかたよりも、さいごまでいきることをかんがえるわ。だから、入江がブルーベルのためにしぬだなんて、イヤよ。それでブルーベルがいきのこったって、しあわせじゃないわ。入江にもらったいのちだなんて、おもえないわ。ブルーベルはなくだけよ。きっと、ないてないてないて、入江をおいかけるのが、いのちのさいごのしあわせよ。ブルーベルだって、そのくらいかなしくなるんだから、入江をおいてしなないわ。いきて、いきて、いきぬいてやるのよ。入江をひとりにさせないように、ブルーベルはいきるわ」
「…………」
それなのに、ユニは、どうしてγをおいて死のうとしたの?
おいていかれるγのきもちは、かんがえなかったの?
ユニは、そんなに「みんな」がすきなの?
「みんな」のためにいきたいの?
「みんな」のためにしにたいの?
ブルーベルは、ユニがわかんないわ。
次々に、単に不思議そうにブルーベルの言葉は紡がれた。
でも、ブルーベルは、γならわかるわ。
γは、しのうとするユニのところにきてくれたんでしょ?
それはね、ユニと「いっしょにしにたかったから」じゃないのよ。
さいごまで、どんなにみじかくたって「ユニといっしょにいきたかったから」なのよ。
そのくらい、γにはユニがとくべつだったのよ。
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[図書室62]
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