02
「…まだ、いたのね」
「うん。まだ、葉っぱが残っているからね」
正一が、ひらりと舞い落ちてきた葉を、手のひらで受け止めた。
……違う。
ブルーベルは、声が出なかった。
その、黄色に色付いた枯れ葉は、はらりと正一の手のひらをすり抜けたからだ。その葉は、何事もなかったように地面に落ちた。
「入江…っ」
昨日は触れられたはずのその手に、ブルーベルは手を伸ばした。
一瞬、感じた気がした、正一の手のぬくもり。
それでも、ブルーベルの手は正一の手と触れ合うことはなく、袖を掴むことも出来なかった。
「思ったより…早くなったみたいだ。昨夜は風が強くて、だいぶ葉が落ちてしまったから」
ブルーベルは、立ち尽くした。
どうして正一は、穏やかに笑っているのだろう?
もう、会えなくなるのに。
次は、いつ会えるかも分からないのに。
……二度と、会えないかも知れないのに。
ブルーベルは、笑うことなんか、できないのに…!
「多分…明日が、限界かな。僕は、この姿を保っていられなくなる」
「……きえちゃうってこと?」
「そうだね」
その声は、静かで、穏やかで、優しいのに。
ブルーベルは、突き放されたような気がした。
「かってに…」
こんなことを、いいたいんじゃ、ないのに。
「そんなにきえちゃいたいのなら、かってにきえればいいんだわ!」
「……うん」
こんなことを…
「ごめんね」
ブルーベルの心臓が、どくんと鳴った。正一のことばに、ほほえみに、ブルーベルはただ、正一を見上げていることしか出来なかった。
ごめんね、と。そう正一が言うのなら、これ以上のことを、正一は教えてはくれない。
「べつに、ブルーベルに、あやまらなくたって、いいわ」
……あやまらないで。
うそつきでも、いいわ。
あえないなんて、うそだよって、わらってよ。
「かってに…きえちゃう入江なんか、ブルーベルは、だいきらいなんだから!」
ブルーベルは、すぐに後悔をした。
嘘吐きなのは、自分。
大嫌いと、その自分の嘘に、正一は少し驚いた顔をして…きっと、少し傷ついた顔をして、それでも笑ったから。
「……ごめんね。ブルーベル」
優しく、笑って…
(きっと…僕は、明日……)
正一の声は、ざあっと木の葉を散らす風の音にかき消された。
正一の、姿と共に。
「入江!」
ブルーベルは叫んだ。
「あした…なんなの?」
返事は、無く。
正一は、姿を消してしまったのだから。
「…ふ…、え…っ」
ブルーベルは、しゃくり上げた。
きっと、傷付けた。大嫌いなんて、言ったから。
それでも正一はブルーベルを嫌いだとは言わないまま、笑ってくれた。
(多分…明日が、限界かな)
(きっと…僕は、明日……)
正一は、本当に、明日消えてしまうのだろう。
明日が、さいごになると、正一は伝えようとしてくれたのだろう。
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[図書室62]
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