02

ブルーベルがイタリアに旅立つ日が来た。
「……君は、嘘をつかないから。僕は、ひとつも傷付かなかったよ。…だから、ありがとう」

さよならと、言いたくなかった僕の“ありがとう”。
でも、聡明な君は、僕が困るほどに誤魔化されてはくれなかった。

「ね…入江。また、あえる?」
「……そうだね。いつかまた、会えるよ」
「ほら、また入江は、ブルーベルにうそつくんだ!」

素直で正直な君と、傷付くことを怖れて嘘ばかりの僕。

「入江は、ブルーベルがちっちゃいこどもだからって、いつかわすれるって、そうおもってるんでしょ!やくそくしたって、むだだとおもうから、かんたんにやくそくするんでしょ?」

それこそ、君は簡単に僕の嘘を見抜く。
いつだって、君は僕の本当の心に辿り付いてくれる。

「……そうだね。君は、成長していきながら、たくさんの友達が出来たり…“唯一”で“特別”なひとと巡り会って恋をしたりして、幸せになれるよ。…僕のことは、忘れていいんだよ」

忘れていい。
それは、僕から君への最後のプレゼントで、同時に僕が僕自身に言い聞かせる言葉でもあった。

でも、君は、これっぽっちも喜ばなかった。
あどけなく可愛い顔は、あっという間に泣き顔になった。

「よくないっ!だったら、いま、ブルーベルの“ゆいいつ”で“とくべつ”を、入江にあげるんだから!…もう、100ばんめの、すきじゃ、ないんだからっ!」

僕は、驚いた。
想っているのは、僕だけだと思っていたのに。

君もまた、僕を一所懸命に思ってくれていて、どうして自分の心は僕に届かないのかと、本当に悲しくて辛いんだと伝わってきて。
そして、君が僕に届けたかったのは、「すき」と言うよりも雄弁な、僕に対する愛で。

僕は初めて、誰かの掛け替えのない人間になれて、その誰かとは、ブルーベル…君だったんだって。

唯一で特別。
たったひとり。

それは、僕がもう時空の果てに散り失せた記憶の中で、とうに諦めていた……諦めようとしていた言葉と、心で。

「じゅうねんたっても、わすれないんだから!!入江もわすれないで、ブルーベルにあいにきてくれなかったら、ゆるさないっ!」

10年。あの未来と、今との時差。
その時空を超えて、君は僕を想い続けてくれると、真っ直ぐな心を僕にくれたから。

僕は、君の心を、信じたいと思った。
約束が果たされるかどうかが、重要な訳ではなく。

今この瞬間に、僕を唯一と言ってくれた君の心を、僕は10年信じていようと思った。
きっと、僕は、君がくれた特別を、唯一を、忘れられずに生きてゆくのだから。

(あの、消えてしまった10年後の未来で、僕と君は、敵として巡り会ったね。……違う10年先でまた会えるって、僕は君を信じているよ)

君はどうしてか、僕を孤独のままにはしてくれないひとだったから。
僕を捜して追いかけてきてくれる、……僕にとっても、君は唯一で特別なひとだったんだよ。


そうして僕は、10年君を待った。
久し振りに、いつかふたりで見た、イングリッシュブルーベルの野原を訪れた。

君は、森の中で迷ってしまったらしくて、白蘭サンや桔梗の名を呼んでいたけれども、僕しか存在しないはずのその時空へ、やはり辿り付いてくれた。

「…10年。君も覚えていてくれたから、君に会いに来たよ」
「入江…。覚えていてくれたんだ…?」
「覚えていたよ。…この、景色ごと」

甘く優しく香る、青紫の絨毯が果てしなく広がる、君と訪れた想い出の場所。
君は、僕の記憶の小さな女の子ではなくなっていたのに、それでもこの場所と僕と再会する約束とを、覚えていてくれた。

「ブルーベルは、綺麗になったね」
「あ…当たり前でしょっ!ブルーベルは、ちっちゃいときから、美少女!だったんだからねっ」
「そうだね」
「何その、薄い反応!?しかも余裕のある感じ!入江のくせに、ムカツクーーーっ!!」

僕は、君が言うほど、余裕がある訳じゃなかったんだけどな。
僕も、君に恋をしていたけれども、“唯一で特別”をくれた君にとって、僕はきっと初恋だったんだろう。

綺麗になった君が、僕への初恋を10年もの間大切にしてくれていたのなら、君と遠く離れていた僕の10年も、僕は孤独じゃなかったっていうことなんだ。

「やっぱり、入江はブルーベルのこと子どもだって思ってる…」
「そういう訳じゃ、ないんだけどな」

君が言う子ども扱いは、「本気で相手にしてもらえない」という意味。
そんなことは、いちどだってなかったよ。だって、君は、僕と出会った時からずっと…

「僕は僕で、ブルーベルは、ブルーベルだよ」

君が、君だから。

僕を覚えていてくれて、僕を好きでいてくれて、僕を独りにしないで、一所懸命に追いかけてきてくれるのは、いつだって君で。
幼い頃からずっと、君はそんな君であり続けてくれて。

僕が、傍にいて欲しいのも、この手を放したくないのも、いつだって、君だったよ。

抱き締めて、キスをした。
そっと、唇に触れるだけ。愛おしい花に触れるように。

「君にとって、僕が今でも“唯一”で“特別”な男なんだったら、こうしてもいいのかな」
「にゅーっ!知ってて訊かなぁいっ!」
「ごめんね」
「悪くないのに、謝っちゃダメなんだから!ばかぁーーーっ!」

相変わらず、君は元気な女の子で、僕は嬉しかった。
僕の心が君に届いて、君の心が僕に届いて、嬉しかった。

僕が笑えば、君も笑ってくれて、幸福だった。



……君のその笑顔を、守って生きてゆけますように。







〜Fin.〜

 

[ 74/100 ]

[*prev] [next#]
[図書室61]
[しおりを挟む]


×
「#切ない」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -