02

「にゅ。びゃくらんがむかえにきてくれるんじゃないの?」
「うん。帰りがいつになるのか分からなかったから、頼まなかったんだよ」

そして、正一は複雑な顔で笑った。

「大抵大丈夫なのはわかってるんだけど…。白蘭サンの運転って、命がいくつ有っても足りないような気がしちゃうんだよね……」
「そうね…」

正一がブルーベルを連れていったのは、バス停だった。
それは、いくつか並んでいたのだけれども、正一が歩を進めたのは、誰も並んでいないバス停だった。他のバス停には、学園祭帰りと思われる人々が結構並んでいるのに。

「どうして、このバス停なの?」
「白蘭サンの車より時間はかかってしまうけど、帰り道にはいいんだよ」

そして、正一は呟いた。
「行きと帰りと、道が違うことも、あるんだよ」
「…………」

ブルーベルはその横顔を見つめて、どこか不思議な響きのする正一の言葉の意味は、尋ねなかった。
正一の瞳は、何処か遠くを見つめているようで。…でも、その大きな手はしっかりとブルーベルの手を握ってくれていたから。

……きっと、大丈夫。

ブルーベルは、時刻表を見た。
「1じかんに1ぽんしかないなんて、ふべんじゃないの?」
「不便と言えば不便なんだけど、乗る人が少ないから、バス会社としては路線を廃止しないだけ気を遣ってくれているんじゃないかな」
「にゅ…そういうもん?」

そして、気付いた。そのバスの行き先は

「なみもりやまいりぐち…」
「うん。ハイキングコースもあるような山だよ。小学校の遠足レベルから、うっかり遭難するようなレベルまで」
「ウッカリってなに!?それこわいわ!!」

あはは、と正一が笑った。
「僕はその遠足レベルだったんだけど、十分すぎるくらいへたばったよ」
「……みんな、へたばってた?」
「そうでもないよ。僕がもやしなだけで」

でも、正一が懐かしそうに笑うのなら、きっと本当に楽しかったのだろうと、ブルーベルは思った。
……そうであって、ほしかった。

「バスでイタリアにいくのかとおもった」
「流石に、それはないよ。白蘭サンの車じゃないから」

じゃあ…どうして、入江やびゃくらんは、きょりやじかんを、こえることができるの…?

「これから来るバスはね…」
正一は指差した。

「並盛山入口のほかに、並盛駅経由、って書いてあるだろう?だから、単に並盛駅やその周辺の駅でいいのなら、鉄道の方がずっと速いんだ」
「じゃー、どうしてでんしゃじゃないの?」
「電車は、速い分、駅の数が少ないからね。バスは、それよりもきめ細かくあちこちに停留所があって、人々の生活を支えてる。電車の駅から外れたところに住んでいる人や、行きたい場所がある人には、バスは遅い乗り物だけれども必要なものなんだよ」
「…………」

(あの、鈍行列車に、にてる…)

ブルーベルは、思い出した。
快速の電車が停まらないような、小さな寂れた駅でも、あの鈍行列車は停まってくれた。
どの駅も、乗る人も下りる人も少なかった。


(……どの駅でも、この汽車じゃないと乗れない人がいて、鈍行じゃなきゃその駅に着けないのなら)
(こういう列車に乗るしかないんだよ)

(ひとりも、取り残すことがないように)

(ひとりも、辿り着けないことがないように)

(だからこの列車は、どんなに小さな駅でも、必ず停まらなければならないんだよ)…


「ああ、来たよ」
ブルーベルは、正一の声で物思いから引き戻された。
プシューとドアが開いて、正一の手に引かれてステップを上る。

お客は少ないけれども、あの鈍行列車のように、たったひとりで俯いているような人達ではなく、「普通の世界」の乗客とバスであるような気がした。

「いちばんうしろ?」
「うん、終点まで行くからね。1時間…以上かかっちゃうかな。疲れるだろうから、僕に寄り掛かって寝ていてもいいよ」

柔らかく正一が微笑んで、ブルーベルはボンと赤くなった。
「よ…よよよ、よりかかって…?」
「構わないよ。窓枠にゴンってぶつかると痛いし」

痛いかもしれないけど、始めからよりかかって、なんて言われても、しんぞうバクバクで、ねむれないじゃないの入江のばかーーー!!!

とは、公共のバスなので、ブルーベルは叫べなかった。
「……まどのそと、みてる」

ブルーベルは、正一から目を逸らすと、窓を過ぎてゆく景色に目をやった。

イタリアとは全く違う、日本の街。
日本には、日本の美しい伝統が沢山あるのに、イタリアのように伝統の街並みを残すことは殆どせずに、機能性だけで都会化した、ハイテクの国らしい街。

そして、正一の日常かも知れない、街。
そうだったらいいのにと、ブルーベルは思った。

今日出会った正一の友人たちは、ブルーベルは好きになれそうもなかったけれども、きっと気のいい友達なのだろう。
この街で、あの友達と、正一が毎日笑って暮らしていてくれたならいいのに…と。

(だって、僕は独りだったから。でも、君が来てくれて、僕は独りじゃなくなったから。君は悪い子じゃないし、要らない子じゃないよ)

(僕も鳥は好きだよ。……でも、僕は鳥にはなれない)


正一に、必要としてもらえるのは、嬉しい。すきだよ、と言って貰うのも、幸せで。
でも、出会った頃のように、森にひとり佇むより、ずっと……


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