04

「え…?」

正一の腕が、ブルーベルの手をすり抜けて、そっと肩に添えられた。
「ブルーベル、君は、あっちの明るい方に行くんだ。そうしたら、またホームがあって、さっきみたいな汽車が来て、君を元の駅に戻してくれる」

ブルーベルは、首を振った。
「どうして?ブルーベルは、入江にあいたくてにほんにきたって、いったわ!」
「…覚えているよ。嬉しかったよ」

正一が、ほろ苦く笑った。
「だから、ここまで付いて来て貰ったけど…ここまでなんだ。僕は、君を無事に帰してあげたいんだよ」
「イヤ…イヤよ!」

ブルーベルが強く首を振って、長い髪が左右に舞った。

「それじゃあ、ブルーベルだけかえって、入江はかえってこられないようにきこえるわ!!」
「……無事ではいるよ」

正一の両手が、ブルーベルの小さな手を、そっと包み込んだ。
古びた、磁気さえない切符を持った手を。

「君が独りの僕を見つけてくれたから…君が付いて来たいといってくれたから、嬉しくて君をここまで連れて来てしまったのは、僕のわがままだよ。でも、僕のわがままは、ここで終わらせなければいけないんだ。……その切符は、2枚しか無かったから」

ブルーベルの心臓が、どくんと鳴った。
正一は、2枚の切符を持っていた。それは、きっと、行きと帰りの為に。

(じゃあ…僕の分を分けてあげるよ)

(変わったマークに切れた…)
(使用済の証拠だよ)

「ブルーベル…、入江の、かえりのぶんのきっぷ、つかっちゃったの…?」
「まだ、帰れるよ」

正一は、にこりと笑った。
「その切符はね、元の駅に戻って、また車掌さんに返せば“あっち側”に戻れる。きっと、白蘭サンや桔梗が心配して捜しているよ」
「入江は…どうするの!?」
「僕は、この駅の改札の向こうに行くよ。その為に来たんだから」

正一の手が、ブルーベルのお気に入りの帽子に、ぽんぽんと触れた。

「じゃあね。僕は行くよ」
「……っ、うそつき!」

ブルーベルは、うわああんと泣いて、小さな拳で正一を叩いた。
自分の力では、どうにもならないと知っていたけれども、全力で叩いた。

「入江…うそつきだわ!“ゆいいつのとくべつ”をブルーベルにくれるっていったのに!」
「……君の、ものだよ。僕がどこにいても」
「名前を呼んだら、必ず助けにきてくれるって、言ったじゃないの!」
「……ごめんね」

ブルーベルの拳が、止まった。

(ごめんね)

立ち尽くした。
ブルーベルが、正一の名前を呼んでも、正一はもう助けに来てはくれないのだと。

「いつまでも…大好きだよ」

屈んで、正一の唇が、微かにブルーベルの唇に触れた。
そして、去って行く。ブルーベルが泣いているのを、知っているのに。駅のホームに続く明るい光の方とは反対側の、薄暗い改札口へと。

ブルーベルは、気が付いた。
正一の背中を見たことは、殆ど無いのだと。
いつも、どこからか現れて、気が付くと消えているから。

だから、逃げ水の向こうに行ってしまったときには、怖かった。もう、二度と出会えなくなる気がして。

(……届かなくていいものも、あるんだよ)

(追い着けなくていい場所も、あるんだよ)

あの時も、正一が届かない、追い着けない場所に行ってしまうような気がした。
懸命に追いかけたのに、その背中はどんどん遠ざかるばかりで……

あの時は白昼夢のようにそれは終わって、正一は確かにブルーベルの隣にいてくれた。
でも、今日は夢が終わってくれない。

正一が、改札の車掌に、鋏の入った切符を渡した。
……あの切符を手放してしまえば、“向こう側”に行ってしまう。次の切符を手に入れないと、再び“こちら側”に入る事は叶わない。だから、正一はブルーベルだけでも元の場所へと帰そうとするのだ。

そして、正一が帰りに使うはずだった切符は、ブルーベルが今手に持っている。

「入江…!」

まだ、間に合う。
今なら、追い着く。

ブルーベルは、改札に走ると、無言の車掌に切符を手渡した。
「入江!ぜったい、ブルーベルは、入江をひとりになんかしないんだから!!」

驚いた表情で、正一が振り返る。
ブルーベルは、空いた小さな手を広げて、正一に抱き付いた。

「…ふ、え……」

確かなぬくもりに。
ブルーベルは再び、うわああん、と大声を上げて泣きじゃくった。

届いた。…今度は、追い着けた。


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