03

がたん、と正一が立て付けの悪い窓を少し開けた。
「気持ちがいいだろう?」
「うん」

初夏の爽やかな風にブルーベルの長い髪が翻り、ブルーベルは物思いを忘れた。
そして、少しはしゃいだ気分になったのに、汽車は速度を落として小さな駅に止まった。そこでも、まばらに人が乗り降りをする。

「きゃあっ!?」

ブルーベルは、びっくりした。
隣の線路をパァンと音を立てて早い電車が走り、この汽車を追い抜いたのだ。…そう、電車だ。そっちには、いつの間にか、電線があるのだから。

「今の、なに?」
「快速列車だよ」
「かいそく?」
「新幹線でも、各駅停車と、そうじゃなくて大きな駅にしかとまらない、速いのがあるだろう?そんな感じの違いだよ。この汽車は鈍行だから、さっきの快速みたいに駅を飛ばすことをしないで、ひとつひとつの駅に停まりながら、ゆっくり走って行くんだ」

ブルーベルは、むー、と難しい顔になった。
「入江、わかんないことばっかり。どんこう、ってなに?」
「ごめんね」

正一は笑って説明してくれた。
「だいたい“各駅停車”で合っているんだよ。でも、新幹線や特急みたいな電車は入らないんだ。快速じゃ駅を飛ばされてしまうような人が乗るんだよ」
「にゅ。ゆっくり…」

再び列車が走り出し、ブルーベルは尋ねた。
「入江も、ああいうふうに、“かいそく”だとおいこされちゃうみたいな、ちいさいえきにいくの?」
「さあ…どうだろうね」
「ブルーベルがきいてるのよっ!」

正一は、やはり困ったように微笑して、ブルーベルは後悔した。
元々正一はGWの旅行を断るほど、何らかの予定が有ったのに。この汽車も、正一は白蘭たちの元に送って行くと言ったのに、ブルーベルがわがままを言って付いてきたのだ。

「……どの駅でも、この汽車じゃないと乗れない人がいて、鈍行じゃなきゃその駅に着けないのなら、こういう列車に乗るしかないんだよ」
「…………」

ブルーベルは、何となく黙った。
珍しい。正一が「ごめんね」と黙るのではなく、答えを教えてくれたのは。

「ひとりも、取り残すことがないように。ひとりも、辿り着けないことがないように。だからこの列車は、どんなに小さな駅でも、必ず停まらなければならないんだよ」
「…………」

まるで、不思議な世界へと入ってゆくような気がする。
でも、隣に正一がいてくれて、綺麗な緑の風景が見えて、窓から気持ちのいい風が入ってくるから、きっと大丈夫とブルーベルは笑った。

「にゅ。いそぐばっかりが、りょこうじゃないよね」
「……そうだね」

正一も笑ってくれて、ブルーベルは嬉しかった。





「もう少しで着くよ」

ブルーベルは、そっと話しかけられて目が覚めた。

そして、驚いた。
あんなに閑散としていた列車が、ざわざわと賑わう…というよりも、ぎゅうぎゅう詰めになっていたからだ。

そして、振り返れば、もう緑の山も田畑もない。
目に見える景色は、白蘭たちと別れた大都会ではなかったけれども、ビルやマンションがあり一戸建てもあるような、田舎とは程遠い街だった。

電車が止まり、アナウンスが入る。そして、駅の看板をみて、ブルーベルははっとした。

(なみもりえき…?)

正一が小さなブルーベルの体を庇ってホームに導いてくれて、ブルーベルは茫然とした。
あんなに寂れた田舎の駅から汽車に乗ったのなら、下りる場所もそのような駅だと思っていたからだ。

「…入江は、並盛に帰りたかったの…?」
「……どうだろうね」

ブルーベルはもう、「ブルーベルがきいてるのよ!」と叫ぶことは出来なかった。
正一の横顔は、どこか寂しげで。

そして、さっきまで乗ってきた列車を振り返って、ブルーベルははっとした。
ふたりが乗ったのは、色褪せた赤の古い汽車だったのに、下りたのは綺麗な赤に塗装された……上に電線がある電車で、走り出したその電車は4両ではなく、もっともっと長かったからだ。

「おいで」
ブルーベルは、正一に手を引かれて、再び歩き出した。

でも、気付いた。正一は、他の人々が行き交う階段を使わないのだ。
「どこに行くの?」
「……鈍行の、駅だよ」

正一が歩いて行く先には、また不思議にひとがまばらな場所が続いていた。
古びた階段を、ふたり分の靴音を響かせて歩くのが、少し怖くて、ブルーベルは正一の腕ごとぎゅっとしがみついた。

「…ブルーベル。ここで、お別れだよ」


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