02

正一は、その手に切符を持っていた。
どうやら裏に磁気がある訳でもない、レトロな雰囲気の切符だ。何となく、色褪せてさえ見える。

「入江の分だけ?」
「うん。君は僕に付いてくるだけでいいよ」

ブルーベルは、にゅーっ!と癇癪を起こした。
「ブルーベル、こどもりょうきんのきっぷなら、いるもん!」
「小さい子だから、っていう意味じゃないんだよ。ただ、君はまだ、この改札の向こう側に行く時期じゃないっていう、それだけなんだ」
「おなじじゃないのーーー!!!」

おとなじゃないから、そうとしかきこえなくて。

「じゃあ…僕の分を分けてあげるよ」

正一は、1枚の切符をブルーベルにくれた。どうやら、大人用の普通の切符であるらしい。どうやらというのは、

「……よめない」
「難しい字で書いてあるからね」
「にゅっ!またこどもあつかいーーー!!!」
「違うよ。昔の日本の字で、大人でも読めない人も多いんじゃないかな」

ふたりで、改札をくぐる。
帽子を目深にかぶって、顔が良く見えない駅員が切符を受け取ると、ペンチのようなハサミでカチカチと、切符を切る。

「変わったマークに切れた…」
「使用済の証拠だよ」

改札を過ぎると、正一に手を引かれて、壁も柱も古い雰囲気の場所に出て、そこから階段を下った。

「あれ…?」

ブルーベルは呟いた。
そこが、森や山に囲まれた田園風景だったからだ。白蘭たちと新幹線に乗ろうとしていた駅は、都会の真ん中にあったはずなのに。

でも、ブルーベルは、どうしてとは問わなかった。
訊いてみても、正一はきっと、「ごめんね」と言う。困ったように笑って、それ以上応えてくれないのだろうから。

本当に、困っているのだと思う。
「教えない」のか「教えられない」のか。

ブルーベルにも分からなかったけれども、正一が「とても遠くへ行く」というのなら、そこがどこなのか知りたかった。

「…入江」
「何だい?」
「これからいく“とてもとおいところ”は、ブルーベルがおとなになったら、入江がつれていってくれるところとおなじなの?」
「……違うと、いいな」

じゃあ、楽しくないのかなと、ブルーベルは思った。
せっかく、日本中がGWで浮かれているというのに、正一は独りでどこに行くつもりだったのだろうか。

「だったら、入江にはブルーベルがいるほうがいいのよ」
「え…?」
「ほんとうは、入江がたのしくないばしょで、でもいかなきゃならないのなら、ブルーベルがいたほうがいい。ひとりより、ふたりのほうがいいよ」

正一の手を、きゅっと少しだけ強く手を握って。
そろそろと顔を上げてみたら、正一が柔らかく笑っていた。

「…ありがとう。ブルーベルは、優しいね」

やさしいのかな、とブルーベルは思った。
だって、本当のブルーベルを、全部知ってしまったら。
正一や真六弔花以外の人間は…

(ぜんいん、ひとごろしのブルーベルを、“ざんこく”っていうのよ)

「あ…でんしゃ、きた」

ブルーベルは気が付いた。どうやら、ここは時折正一と辿り付くような、「誰もいない場所」ではないらしい。
ホームには少ないながらも人がいる。

「電車じゃないんだよ」
「にゅ?ふるいから?」

やって来る列車は4両編成で、元は赤かったのかも知れないが、随分色褪せている。
「電車はね、上に電線が走っていて、そこから電気を貰って走っているんだよ。ここには、電線が無いだろう?」
「にゅ。ない…」
「大雑把な言い方だと、汽車とか気動車とか言って、大きなトラックみたいに軽油とディーゼルエンジンを使っているんだよ」
「にゅーっ!どっちでもいいよ!ぎじゅつやだましい!!」

くす、と正一が笑った。
「でも、珍しいんだよ。汽車や気動車は、もう日本ではかなり田舎に行かないと見られないようになったから」
「いなか…?」

やはり、不思議だと思う。
混み合う都会の駅の改札を抜けたはずなのに、そこに広がるのは山や田畑だなんて。

ドアが開いて、ブルーベルは正一に手を引かれて車内に入った。
そこも、乗客はいるけれども少ない。
そして、とても静かなのだとブルーベルは思った。

……そうだ。
誰もが「ひとり」なのだ。

大型連休だというのに、家族らしき賑わいはまるでなく、正一のように連れを伴っている人間さえいない。
みな、ただ静かに、やや俯き加減に列車に揺られているだけだ。

ブルーベルを連れていなかったら、正一もまたそうだったのだと思うと、ブルーベルはぞくりとした。


[ 10/100 ]

[*prev] [next#]
[図書室61]
[しおりを挟む]


話題のバーチャルSNSアプリ
バチャスペ
- ナノ -