01
「ブルーベル。学校に遅れてしまいますよ」
「にゅ!」
ブルーベルは、がばと飛び起きた。
目覚まし時計を見ると、大幅にオーバー。絶対にこれは、時計を引っぱたいて止めてしまったのに違いない。
とにかく急いで着替えて、学校の鞄と水着一式を持って部屋を飛び出し、階段へ向かった。
「きゃーーーっ!!!」
ブルーベルは豪快に躓いて階下に落下した。
何故か視界はスローモーション。
(アハハッ、そんなに急がなくても、スクールバスに乗り遅れたら僕が学校まで送っていってあげるよ)
ブルーベルは、どうしてかその声を、遠くに聞いたような気がした。
「…あ、れ…?」
ブルーベルは、地面の上で呟いた。
抱き止めてくれるはずだった、白蘭のぬくもりはなく。
そう、土だった。
濡れた土でなかったのは幸いで、ブルーベルは訳も分からず立ち上がると、服についた土をぱんぱんと払った。
「森…?」
幼い頃、よく正一と手を繋いで歩いた道だ。今でも、デートの時にはこの森を抜けて、不思議な場所や、普通の街角や…色々な場所に辿り着くことがある。
そして、気が付いた。
鞄やプール道具といった荷物がないのだ。一体、どうしてしまったのだろう?
どこに落としてしまったのだろうかと思いつつ、ブルーベルは森の小径を屋敷に向かって歩き出した。
ブルーベルの記憶では、寝坊して急いで学校に行く為に急いで食事を済ませて急いでスクールバスに乗るつもりが、階段からダイブ。
それを、白蘭が抱き止めてくれようとしたのが見えて……
それなのに、気が付いたらどういう訳か森に倒れていた。
途中の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
「何これ…ブルーベルってばどうしちゃったの?」
ぶつぶつ言いながら歩いて、ふと気付いた。
「朝じゃ…ない…?」
森を抜けようとした空は、赤みがかっている。
そう、夕方だ。自分は、一体何時間あの場所に倒れていたのだろう?屋敷からさほど離れてはいないのだし、ブルーベルが学校にも行かずに姿を消したのなら、すぐに見つかるはずなのに。
ブルーベルは、不安に駆られて屋敷へと走った。
「びゃくらん!!」
ドアを乱暴に開けて中に入ると、そこにいたのは桔梗だった。
「おや…可愛らしいお客さんですね。白蘭様に御用ですか?」
「何言ってんのよ桔梗!今日はそういう設定なの?びゃくらんはどこよ!」
「設定…?」
桔梗は不思議そうな顔をした。
「とにかく、白蘭様に御用なのですね。少し待って下さい」
ブルーベルは、違和感を覚えた。
そういう「設定」の遊びにしては、桔梗の態度はごく自然なもので、ブルーベルに対する態度も改まったもので…丁寧で…簡単にいえばよそよそしく感じられたからだ。
「えっと…僕に会いに来たのは、君かな?」
奥から白蘭が出て来て、にこりと笑った。
「どうしたんだい?」
「…………」
ブルーベルは、一層不安になった。
目の前に、白蘭がいる。そして桔梗もいる。
なのに、何かが違うと思ったのだ。
まるで、「姿がそっくりな別人」であるような違和感。
「ど…どうかしてるのは、びゃくらんと桔梗だわ!ブルーベル、多分朝から夕方まで、ずーっと森で倒れてたのよ。どうして捜しに来てくれないのよ!!」
「…………」
今度は白蘭が黙る方で、やはり桔梗と同じように不思議そうにブルーベルを見て、小首を傾げたのだった。
「森…って、そこの森のことだよね。ブルーベルっていうのが君の名前で、迷子なのかな?」
ブルーベルは、愕然とした。
白蘭はふざけんぼだけれども、ブルーベルを見つめるスミレ色の瞳には遊び心は感じられず、本当に迷子の子どもを気遣っている表情だ。
「びゃくらん…。ブルーベルのこと、おぼえてないの…?」
「う…ん。君みたいな、きれいな水色の髪の女の子って、そうそういないし一度見たら忘れないと思うんだけど…」
ブルーベルは、本当に白蘭が困惑している顔など、初めて見たと思った。
白蘭は、嘘をついてはいない。桔梗もだ。
「みんな…、ブルーベルを、わすれちゃったの…?」
ブルーベルの声が震えて、そしてとてつもない寂しさと喪失感に、がくんと膝を付いて、ひっくひっくとしゃくり上げた。
……夢だ。こんなの夢よ。
悪い夢なのよ。さっさと終わってよ…!!
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[図書室61]
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