01

ずっと、ずっと、続いてゆく藤棚。
ふわりとした微風に、ふわりと甘く蜜さえ感じるような香りに包まれる。

「…いい、におい」

ブルーベルは、うまく言えなかった。
ただ、正一の隣で見上げて、そして果てしなく続いてゆく紫を見つけるばかりで。

「色々な種類があるんだけどね。色も、白やピンクや…香りも違う。香らないものもある」
「…そうなんだ」
「僕は、藤色って言うくらいだからこういう紫が好きで、香ってくれる花が好きかな」

正一が、柔らかく笑うから、ブルーベルは頬が火照る。
「……好きな花だから、ブルーベルに見せてくれるの?」
「うん。君と一緒に見たいから」

穏やかに、当たり前に、そう言うから。

「にゅにゅーーーっ!入江のくせに、ころしもんくーーー!!!」
「あはは、本当のことを言っただけだよ」

これほどの見事な藤棚なのに、ふたりのほかには誰もいない。
……ねえ、入江は、ブルーベルとふたりきりになるの、すき…?

「好きだよ」
「にゅーっ!ブルーベルがしゃべってもいないのに、読まないでよーーー!!」
「あはは、ごめんね」

でも…、と正一は続けた。

「僕の気持ちは、君に伝わらないより伝わった方が、ずっといいよ」
「…………」

どうして、入江はそんな風に自然に言えるの?
子どもの方が、素直だなんて、うそよ。

ブルーベルは、繋がれた手の正一のぬくもりを感じながら、話を逸らした。
「ずっと向こうの方…。紫の、雲みたい」
「そうだね」
「……だから、雲属性は紫なのかなあ?」

歩きながら、そこには花と香りと微風があるだけで、言葉はないのだとブルーベルは気付いた。
正一は、反応が薄目の相槌にしろ、答えるつもりのない「ごめんね」にしろ、大抵は何か返事をくれるのに、今は黙ったまま何も言わないのだ。

「どうしたの?入江」
「孤高の浮雲…と呼ばれているのは雲雀君だけど、ブルーベルがすぐに思い浮かべるのも、さっき言ったのも、違うだろう?」
「うん。桔梗よ」
「君は、小さい頃から彼に可愛がられて面倒を見て貰っていたから当然なんだけど…。桔梗と、…あとは白蘭サンの話が多いよね」
「うん。だいすきだもの」
「……そう」

ブルーベルは、正一を見上げたけれども、正一はブルーベルを見てはいない。
見てくれない…ような気がして、ブルーベルは不安になった。

「ねえ、どうしたの?入江」
「仕方がないんだろうなあって、思ったんだよ」

くすりと、苦笑交じりにやっと正一がブルーベルを見た。

「君は、一生桔梗や白蘭サンが特別に好きだろう?僕は、そういう君を、好きでいなきゃいけないんだなあって」

ブルーベルは、カッチンと来た。
「にゅっ!なにその、いなきゃいけないとか、義務感まんまんな感じっ!」
「やきもちだよ」
「…………」

簡単な種明かしに、ブルーベルはぽかんとして、そして次に真っ赤になった。

「なっ、なぁによぅっ!びゃくらんと桔梗の“すき”と、入江の“すき”は違うって、入江はとっくに知ってるでしょ!!」
「理屈で納得するのと、心で納得するのは違うんだろうね」

…藤が、甘く、香る。

「でも、今日だけは、この花と…僕だけを見ていて欲しいって、そんな我が侭なことを思っていたんだ」

今度は、ブルーベルの方が黙ってしまった。
それは…ワガママじゃないと思うわ、入江。もしワガママだって言うのなら、ブルーベルはいつもワガママなのよ。

「…ブルーベルの、“唯一の特別”は、入江が持ってるわ」
「知っているし、信じているよ。それに、僕の“唯一の特別”も、君が持っているよ」
「だったら…どうして、やきもち?」

くすりと、正一は笑った。
「……恋に酔う」
「え…?」
「藤の花言葉だよ」

正一は、少し屈んでブルーベルの唇に触れた。
「だから、僕は君とふたりで、…ふたりだけで、この花を見に来たかったんだよ」
「…………」

ブルーベルは、ボンと真っ赤になった。
そして、いつものように、元気に「入江のくせにーーー!」とは、叫べなかった。

おとなの方が、素直で。真っ直ぐで。
でも、ブルーベルも少しだけ素直になりたいのよ。

「入江っ!」
「何?」

ブルーベルは、少し背伸びをして正一の首筋に腕を絡めると、ちゅ…と頬にキスをした。

「…………」
「ど、どーして、黙るのよっ!たまには、ブルーベルの方からしたって、いいでしょ!!」


「…いいよ」

くすりと、正一は笑った。
「でも、ほっぺたなんだね」
「ブルーベルには、唇はまだはやいもんっ!笑わなくたっていいのにっ」
「……嬉しかったんだよ」


幸福に、甘い香りの花の下で、抱き締めた。






〜Fin.〜
 

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