01
小さな丘がいくつも連なる、広い広い野原。
青い空には、ゆっくり流れるひつじ雲。
「入江ーっ!」
ブルーベルは呼んだ。
「にゅーっ!どこいっちゃったのよーーーっ!!」
(僕の名前を呼んでくれればいいよ)
(そうしたら、僕は君を助けに行くから。必ず、君を守りに行くから)
幼い日の、約束。
ブルーベルは思い出してふくれた。
「にゅ〜…あれって、やっぱり、ブルーベルがピンチの時限定?」
今までも、森の中で、大きな声で、名前を呼んでみたことがあるのだ。
でも、正一は現れることも現れないことも、どちらもあった。
でも、今思えば、来てくれたときは、ブルーベルがいつのまにか森の奥深くに入り込んでしまったり、気付かないうちに天気が悪くなる直前であったりして、やはりそれは「守ってくれるため」であったのだろう。
「つまんない…」
ブルーベルは、呟いた。
「本当は、いつ、どこにブルーベルがいるのか、知ってるんでしょ?…なのに、どうして来てくれないの?」
ブルーベルは、丘を登りながら独りごちた。
「ブルーベルは、絶対遠距離恋愛とか、単身赴任とか、無理だわ!!」
だって。ブルーベルは我が侭だもの。
でも、直す気なんかないもの。
無駄なことはしないわ。
我が侭を直そうとして必死になるブルーベルなんか、ブルーベルじゃないのよ。
……それに、さびしがりだもの。
これも、直さないわ。
ううん…直せないわ。
名前を呼んでも、もう入江は助けにきてくれない、そんなことになったら、ブルーベルは泣くのよ。
だって、もっともっと、簡単な事でも泣いてしまうもの。
ちょっとデートの間隔が開いたくらいで、ブルーベルは寂しくって泣いてしまうもの。
「…入江!」
ブルーベルは、驚いた。
丘を登り切ったら、下の方に正一が横たわっていたからだ。
倒れてる、の…?
「入江!やだよ、入江!!」
駆け寄って、両肩を持って揺さぶった。
でも、息はしているけど、なかなか目を開けてくれない。
「入江…、きゃあっ!!」
ブルーベルは、悲鳴を上げた。
手首を掴まれて、正一の体の上に倒れ込んで、そのまま抱き締められたからだ。
「つかまえた」
その声と、抱き締める胸と腕に、ブルーベルは真っ赤になった。
「な、何してるの〜っ!」
「だから、つかまえているんだよ」
穏やかな、笑いを含む声が言った。
「それとも、…抱き締めている、の方がいいかい?」
「〜〜〜〜〜っ」
ブルーベルは、正一の上でそのぬくもりを感じながら、でも恥ずかしくてじたばたしたけれども、思いの外正一の腕の力は強くて起きられない。
「入江のウソツキーーーっ!どの辺もやしなのよ、ばかーーーっ!!」
「もやしでも、男の方が女のひとよりも、力は強いんじゃない?」
…今、女の子、じゃなくて、女のひと、って言った。
「にゅーっ!入江のくせに、ころしもんくーーー!!!」
「…?何の事だい?」
ブルーベルは、自分勝手。
入江が腕を解いてくれた時に、少し寂しいと思っただなんて。
「入江、何していたの?」
「ただ、転がっていただけだよ。気持ちいいなあと思って」
正一は、上体を起こして言った。
「小さいこどもの頃以来かな。何もしないで、転がっているだけ。それでも空が広くて、雲が流れていって、土や草のにおいがして、……何だかね、楽しかったんだよ」
「それで、寝ちゃったの?」
「空って、結構眩しいだろう?それで目を閉じて、うとうとして……そうしたら、君が僕の名前を呼んだような気がしたんだよ」
「にゅーっ!気がした、じゃなぁいっ!!」
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