01
「γー!」
ぱたぱたと走ってくる、長い髪の幼い少女。
珍しい、とγは思った。個人的に呼び止められたのは、初めてかも知れない。
この少女は、未来同様に白蘭と桔梗に懐いており、最近はどういう訳か、入江正一に懐いている。
「しつもんよ!」
小さな指が、ビシィ!とγに突き付けられた。
「おう、何だ」
「ユニと、ユニママと、どっちがいっしょうのこいなの!?」
γは、エスプレッソをがふーと噴いた。
此処に、だれも居ないのがせめてもの救いだったかもしれない。
「な、何だ急に!!」
「じゅうようなことよ!“いっしょうのこい”って、ひとつだからそういうんだとおもってたわ。ふたつあったらどうするの?それとも、ブルーベルがこどもだからわかんないの?」
……すげぇ痛い質問だ…と、γは視線が泳いだ。
アリアに惚れていたときには、もうこの女しかいないと思ったのだ。
自分が年下であっても、死ぬ気で夜這いして拳銃を向けられてもこの女だと、それは一生涯揺らぐことはないと思ったのだ。
だが、アリア亡き後、娘のユニと出会ってしまった。
命をかけて守るべきは、ユニとなった。それもまた、必然ともいうべき運命だった。
「こころがわり?それとも、いまでもユニママで、ユニは保険?」
「ずっと仮名で通してたくせに、なんで保険の部分だけ漢字にすんだよ!!」
「じゅうようよ。ユニママはしらないけど、ユニはブルーベルのおともだちよ。なくのはイヤだわ」
成程、友情も絡んでいるのか。
だが、こちらとしても言いたい。
「てめぇの白蘭が、姫にちょっかい出して、僕たちベストパートナーだもんねー♪とかキスしちゃいたいな〜♪とか、いちいち邪魔しやがるんじゃねーか」
「それは、びゃくらんがふざけんぼだからよ」
「その愉快犯みたいな奴をどーにかしろ!!」
「どーにかならないわ。びゃくらんは、びゃくらんなのよ」
……多分そうだ、とγも不機嫌に眉を寄せた。アイツは死ぬまであんな感じだ。マシマロ食べながら。
そして、γは呟いた。
「姫も曖昧〜な感じに拒否らないしな。未来では敵だったってのに、いかにも大空〜な感じの広すぎる心で、ジッリョネロに入れちまって、今ではミルフィオーレって名乗るのもほっといてるしな。案外やぶさかじゃねーんじゃねえか」
γは、思った。
やぶさかでないとか、このちっこい娘っ子に、理解出来るのか?つか、それ以前に、オレは何でこの娘にマジレスしてんだ?
「やぶさかでない…。そうね…。びゃくらんはびけいだわ。びけいにイチャつかれて、わるいきがしないおんなは、なかなかいないわ……」
「わかんのかよ!!」
「でも、ブルーベルはいちずよ。びゃくらんでもききょうでも、せまられたってブルーベルは入江だけよ」
……つまり、オレはコイツのませた惚気話に付き合わされてるっていう理解でいいのか?
「どーして、γはユニをかれいなかんじにかっさらわないの?」
惚気じゃなかったーーー!!
「どーやってかっさらうんだよ!姫も白蘭も同じ屋敷に住んでんじゃねーか!!」
マジレス。
「かんたんだわ。“オレのだけものになってくれ”でいっぱつよ」
「お前、本当に子どもかァ!!」
「だって、γは、おとなのおんな・ユニママには、そのくらいいっていそうだわ」
γは、遠い目になった。
それ、確かに言ったわオレ……
でも、ふと思い出した。
(もっと、若い女の子に言ってあげなさいな)
若い……?
というより、
ユニは、「幼い」のだが……
「ねえ。ユニママに“いっしょうのこい”なの?それとも、ユニがそうなの?……それとも、どっちも、っていうのは、アリなの?」
「……オレは、アリなんだって、言うしかねえよ」
かたん、とγは席を立った。
「姫は、オレがアリアを忘れてねえからって、オレと距離を取りたがる。……だがよ、オレは一生アリアを忘れることはねえ。忘れられるくらいなら、本気じゃねえ。姫が、そんなオレを許せねえってんなら、オレが今本気で姫を好いても届かねえ。…何の意味もねえんだよ」
ブルーベルは、そのγの横顔を見つめた。
「ねんれいは、かんけいある?」
「はああ!?」
γが真っ赤になった。
「γは、ろりこんっていわれてるわ」
「それ言ったらテメーの入江もそーだろーがよ!!!」
「そうなの?でも、入江はブルーベルのこと、すきっていってくれたわ。こいびとっていってくれたわ」
「…………」
ブルーベルの青い澄んだ瞳が、γを見上げた。
「γは、ユニにいってあげたことはないの?」
「……もう、無かった話だ」
γが立ち去り、ブルーベルは黙って見送った。
「みらいのことって…“あったこと”なのかな。“なかったこと”なのかな…」
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[図書室60]
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