01

虫かごを持ったブルーベルが、うわあああん!!と泣きながら走って来た。

「カマキリが食べられちゃったーーー!!!」

ブルーベルが差し出した虫かごを見て、正一はしばらく黙った。確かに、元・カマキリと思われる残骸が…
これは、虫かごという狭い空間で起こってしまった悲劇。

「元々、カマキリは何匹いたんだい?」
「3びき…。メス2ひきとオス1ぴき」
尚更分が悪い…と正一は遠い目になった。

「びゃくらんにきいたら、カマキリのメスはオスをたべちゃうから、いっしょにいれちゃだめなんだよ、って…。でも、もうおそいわ」

めそめそと、ブルーベルは泣いている。
正一は言った。
「じゃあ、せめて今いるメスをにがしてあげようか」
「イヤーーー!!ブルーベル、もうメスはこわくてさわれないっ!!」
「僕が逃がすよ」

虫かごを開けて、正一はひょいひょいと2匹のメスを逃がした。
「メスは、これからたくさんの卵を産む仕事があるからね」
「でもこわいわ。ざんこくよ」
「卵を産んだら、メスは死んでしまうんだよ」
「え…。そうなの?」

何となく寂しい気持ちで、草むらに消えてゆくカマキリを、ブルーベルは見送った。

「メスは、どうしてオスを食べちゃうの?」
「卵を産むための栄養分にするって言われていわれていたこともあるようだけど、実際は違うみたいだね。メスは、確かに食欲が増してはいるけど、元々動くものを餌だって思い込む性質があるみたいなんだ。だから、オスは気付かれないように、何時間もかけてメスに近付くくらいなんだよ」
「食べられちゃうから?」
「うん。でも、自然界ではその確率はとても低いんだよ。大抵のオスは無事に逃げているんだ。このオスが食べられてしまったのは、場所が狭い虫かごだったのと、メスが2匹もいた…っていうせいかな」

ブルーベルは、くすんと鼻を鳴らした。
「じゃあ、やっぱりブルーベルがわるいのよ。桔梗がいったみたいに、あみでつかまえたらそれだけですぐににがしてあげればよかったのよ」
「……悲しいんだね」
「うん…。だって、ブルーベルはトンボもしなせちゃったのよ」

トンボはたくさんいて、しっぽから狙ってしゅんと網を被せれば、すぐに捕まる。

「いっぱいつかまったから、うれしくって、つぎのひには、にがしてあげるつもりだったの。でも、あさになってみたら、にげられたのもいたけど、しんじゃったのもいたわ」

これも、狭い虫かごの中で、逃げようとしたトンボがひしめいて暴れた所為だ。
羽が破れてしまったトンボは、もう飛んで逃げることは出来なくなっていたのだ。

「ちょうちょみたいにきれいじゃないけど…とべないのは、かわいそうだったわ」

ブルーベルには、もっと小さかった頃の蝶の記憶がある。
今は、すきだから、そのまま綺麗にしてあげたいと思っていたのに。

好奇心旺盛な年頃だ。
森が近くにあるのだし、生き物には当然に興味が有るのだろう。

「もう、むしはとらない…。ブルーベルのせいで、しんじゃうのは、イヤよ」
「…そう」

正一は、ぐすぐすと泣いているブルーベルを抱き締めた。

「むしは、かなしいわ」
「どうして?」
「ブルーベルがつかまえたらしんでしまうし、でも、つかまえなくても、すぐにしんでしまうわ。…たまごをうんだカマキリみたいに」
「そうだね…命が短いものが多いね」
「……ねえ、入江」

ブルーベルは正一を見上げた。

「むしは、なんのためにいきているの?」
「え…」
「すぐに、しんでしまうわ。なのに、なんのためにいきているの?」

正一は、すぐには答えられなかった。

「子孫を残すため…なのかな」
「しそん、ってなに?」
「こどもを残して、そのこどもはまた、次のこどもに続いていく」
「こどもとまご?」
「うん、孫の次も続いてゆくんだ。そのこども、また次のこども、…って」
「それだけ?」

正一は、苦笑した。

「多分…ね。言い方を変えると、“ただ生きるために生きている”んだよ。生まれてきて、生きて、いつか力尽きて死ぬ。…きっと、それだけだと思うよ」
「どうして…?わからないわ」

ブルーベルの睫毛はまだ濡れていたけれども、涙は止まっていた。

「もし、にんげんだったら、あかちゃんでうまれてきて、おとなになってけっこんして、じぶんがあかちゃんをうんだら、おわり?…みたいなことなの?」
「……そうなるのかな」
「おかしいわ。だって、にんげんは、もっと、いろいろなことをしたいわ。たのしいことをみつけたり、…だいすきな…」

言いかけて、でもブルーベルは真っ赤になって言った。

「だいすきなひとと…しあわせになるために、うまれてきたって、いいたいもの!」

正一は少し驚いた顔をしたけれども、クスリと笑った。
「どーして、わらうのっ!入江のくせにーーー!!!」
「嬉しいからだよ」

柔らかく、優しく笑うから。
もっと、ほっぺたが、赤くなる。

「きっとね…。人間だけが、生きる意味を欲しがるんだ」

正一が、遠く大空を見上げて、風が正一の癖っ毛をふわりと揺らした。

「どっちが幸せなのか、分からない。ただ生まれてきて、精一杯生きることだけを考えて、力尽きたなら死んでゆく。……とても、真っ直ぐな命で、生き方だよ」
「…………」
「でも、人間は違う。ほんの小さな頃から、誰かに愛されて大切にされたいと欲しがる。…多分、一生欲しがる。親にも、友達にも、それ以外の人間にも、たくさん囲まれていたい。それを得られても、まだ足りない。お金が欲しい。仕事をすれば成功したい、…ってね。それを求めて得られれば満足して、幸福だと思えるかも知れない。でも、得られなければ、人間は簡単に不満になるし、不幸だと思う事すらある。……そんな人間は、短い命の生き物に比べて、本当に幸せなのかな」

正一が、空を、見上げている。
風が、吹く。

「…入江!」

ブルーベルは、正一にしがみついた。

「なにを、みていたの!?」

正一は、ふと我に返ったように、ブルーベルを見下ろした。
ひょっとしたら、正一の言葉は、ブルーベルへの答えではなく、独り言のようなものだったのかも知れなかった。

「とおくを、みなくたって、いいわ!いま、しあわせだっていえれば、ブルーベルはそれだけでいいわ!入江はそうじゃないの?」

……高い、空を見上げたまま。
風の、吹くまま、

入江が、どこかに、消えてしまうような気がしたのよ。

「……そうだね」

正一の手が、風になびくブルーベルの髪を梳いた。

「幸せだよ」
「え…?」

正一が、ブルーベルににこりと笑いかけた。

「今、僕の傍に君がいてくれるから。幸せだよ」
「…………」

ブルーベルは、真っ赤になって。

いつものように、入江のくせに、とは叫べなかった。

ぽすん、と正一に抱き付いて、小さな声で言った。

「あのね…」






ブルーベルも、しあわせなのよ。




〜Fin.〜
 

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