01
ブルーベルが、頬杖を付いて溜め息をついた。
いつものように、正一が来るのが遅いといって、部屋の中でウロウロ歩き回ることをしない。
……さすがに、1時間前にスタンバイしてしまったので、遅いとは言い出さないのだろうか?と桔梗がミルクティーでも淹れてあげようかと声をかけたときだった。
「桔梗」
「何ですか」
「この間、とっても思わせ振りなことを言われちゃったわ…」
誰から、などと野暮は言うまい。
「何と言われたのです?」
「…………」
自分から話題を振った癖に、ブルーベルの可愛らしい顔は徐々に赤くなってゆき、だんまりだ。
余程ロマンチックなことを言われたのに違いない…と、桔梗は構わずにミルクティーを淹れることにした。コトリと前に置いてやると、ブルーベルはふーふーとしてから一口飲んだ。
「……あのね」
少しは落ち着いたのだろうか。やっとブルーベルがピンク色の唇を開いた。
(僕は将来、桔梗と白蘭サンと、どっちに“ブルーベルを僕に下さい”って言えばいいのかな)
ほぅ、ということばを桔梗は口の中に飲み込んだ。
「それは良かったですね。おめでとうございます」
「にゅーーーっ!どこがいいっていうのよーーー!!!」
ブルーベルが小さな拳をどんっとテーブルに打ち付ける直前に、桔梗は皿ごとティーカップをサッと持ち上げた。
とりあえず、中身をぶちまけずに済んだ。
「どこが、とは、入江正一は貴女を花嫁さんにする気で満々ではありませんか」
…まんまん!!!
「だから、実質の保護者が白蘭様か私か不明なので、どちらに許可を得ようかと彼なりに悩んでいるのでしょう?……ブルーベル、あまりクラクラすると椅子から落ちますよ」
桔梗はティーカップを再びテーブルに置くと、眩暈を起こしているブルーベルの姿勢を直してやった。
ブルーベルは、無言でミルクティーを飲んだ。
飲み干すまでは、泣きたくない。
もういちど、ブルーベルは口を開いた。
「……ちゃんと、プロポーズしてもらったわけじゃないもん」
「ほぼプロポーズ級でしょう。入江正一は、お嬢さんを僕に下さい変則的ヴァージョンをやりたいのですから。そうでなくても、貴女は入江正一だけのお姫様で決定でしょう。そして順番の付けられない、“唯一”で“特別”を伝え合った仲です。ほぼ完璧ではありませんか」
「ほら、桔梗だって“ほぼ”ってつけるじゃないのーーー!!入江がけっていだをうたないからっ!!」
「では、ほぼを抜きます。状況証拠から判断して、その科白が決定打です。入江正一は間違いなく将来貴女の夫です。当然に、貴女は彼の妻です。おめでとうございます」
ハハン、という桔梗の流し目に、ブルーベルは再び口から魂が抜けそうになった。
…おっと!!!…つま!!!「にゅにゅーーーっ!なんか、なまなましいーーーっ!!」
「夫婦関係とは生々しいものです」
「ろまんちっくなかんじに、はなよめさんとかはなむこさんっていってよーっ!!!」
その、花をとってしまえば嫁と婿で、これも生々しいのだが…とは、桔梗は言わずに置いた。
幼いブルーベルにとって、結婚とは童話の世界なのだ。
ウエディングドレスを着た綺麗なお姫様が、王子様に手を引かれて祭壇の前に立ち、永遠の愛を誓う、……というところがラストシーンなのだ。
そしてお姫様と王子様はしあわせにくらしました。……というところで物語は終わるのだ。
(そういう夢物語につきあってあげるくらい、入江正一がしてあげればいいだけの話なのですけどねえ…)
「桔梗、何か言った?」
強気を装いつつ、そうなりきれなかった泣きそうなつぶらな瞳が、桔梗を睨む。
「いいえ何も。入江正一は、思わせ振りではありません。十分に誠実ですよ。ブルーベルが信じなくて、誰が信じてあげるのですか?」
ブルーベルは、言葉に詰まった。
思わせ振りだなんて思わずに、ただ夢みたいで、ふわふわした気持ちになれたこともあったのに。
(ブルーベル。君って、何歳?)
(にゅにゅーーーっ!入江のばかーーーっ!おんなに、ねんれいきいちゃいけないんだよ!!)
(それって、大人の女性のことだろう?)
(うわあああん!!やっぱり、こどもあつかいーーー!!!)
(そうじゃなくて…年齢も知らないんじゃ、いつ結婚したらいいのか、わからないし……)
ただ、どきどきして、…うれしかった、のに。
いつから、それ以上のものを望むようになってしまったのだろう…?
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[図書室59]
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