01
「ごめんね」
「え…っと、どうかしたの」
「にゅ」
綱吉が困惑していると、河原の斜面でブルーベルがとなりにぽすんと座った。
「このあいだね、沢田にいっぱいしつもんしたら、入江がだめだよっておしえてくれたから。ブルーベルは、だめな子になるのはだめだから、ごめんなさいなの」
そうか…あのときのことか、と綱吉は少し困って笑った。
「あのことは…もういいよ。オレは大丈夫だから」
「…………」
ブルーベルが、じーっと見るので、綱吉はもっと困った。
「オレ、何かしたかな…」
「そのおかおは、だいじょうぶじゃないとおもうの」
「…………」
「でも、おとなは、だいじょうぶじゃなくても、だいじょうぶっていうの。沢田もおとななんだね」
もっと、困った。
「あの…オレ、大人じゃないよ?まだ高校生だし…」
「にゅっ!こうこうせいは、おとな!なのっ!!」
小さな指をビシッ!と突き付けられて、綱吉は更に困った。
でも、幼いブルーベルから見れば、そうなのかもしれない。
それに、ブルーベルの基準が正一なら、正一は未来では天才科学者で、今でも天才で並の大人では全く歯が立たないレベルなので、尚更そうなのだろう。
「でも…オレは、入江君と違って色々ダメだよ?」
「にゅ。しってる。ダメツナ」
「…………………………………」
知ってるのか……(遠い目)
でもねえ、とブルーベルは続けた。
「ぜんぶがダメだったら、入江は沢田をたいせつなおともだちにしないのよ。だから、沢田にはきっと、すてきなところがあるの」
「そ…そうかな。そうだといいな」
「うん。そうだよ」
綱吉が頭を掻いて照れ笑いをすると、ブルーベルは、にこりと可愛らしく笑った。
「もう、ひとごろししないこといがいにも、沢田にはすてきなところがあるんだよ」
「…………」
「ブルーベルもねえ、もうころさないのよ。入江がかなしいおかおをするから。そうじゃなかったら、またころしちゃうかもしれないけど、入江に苦しそうなおかおをしてほしくないから、ころすのはやめたのよ」
無邪気な笑顔とことばに、綱吉はゾクリとした。
この幼い少女は、本当は人間を殺すことには何の抵抗も無いのだ。悪意なく、笑って殺せるのだ。
唯一のストッパーが正一だ。正一が悲しい顔をする、そのことだけが、この少女の狂気を止められる。
「…ブルーベルは…」
綱吉は、手のひらにぬるりとした汗を感じながら、言った。
「……ブルーベルは、本当に…正一君のことが、好きなんだね…」
沈黙が、流れた。
綱吉が、おそるおそる隣を見ると、ブルーベルが真っ赤になっているところだった。
「それって…ちょうちょっかん?」
「え…」
綱吉は、目を瞬いた。
「超直感じゃなくても、見てればわかるんだけど」
「にゅにゅーーーっ!何でっ?」
何でも何も…と綱吉は返事を探した。
「さっきから、ずっと正一君の話をしてるから」
「わ、わるいっ?」
「悪くないよ、全然。ブルーベルは、とっても正一君のことを、大切に思ってるんだなあって」
「にゅ…」
ブルーベルは、膝を抱えた。
緩やかな風に、少女の幻想的な青い髪が揺れる。
「……あのね」
「何?」
ブルーベルが、一大決心です!という顔で言った。
「これって、ブルーベルと入江と、あとはびゃくらんと真6弔花だけの、とっておきのひみつだけど、沢田は入江と仲良しだから、おしえてあげるんだからね!」
「え?…うん、ありがとう…」
綱吉は、どうやらブルーベルが綱吉を信用して言いたい事らしいので、そのまま聞くことにした。
「ブルーベルの、“ゆいいつ”の“とくべつ”は入江にあげたの。入江の“ゆいいつ”の“とくべつ”も、ブルーベルがもらったの」
…唯一の、特別。
小さい子なのに、難しいことをいうんだな…と思いながら、綱吉は何気なく応えた。
「何だか、恋人同士みたいだね」
「にゅーーーっ!」
ブルーベルが叫んだ。
「みたい、じゃなくて、こいびと!なのっ!入江がそう言ってくれたんだから、そうなのっ!!」
「…………」
綱吉は、随分年の差があるような…というか、ブルーベルはほんの子どものような……正一君が、ブルーベルをとても可愛がっているのかな?と常識的な感想を抱いた。
「…ってアレ?別にいいのかな。多分、ブルーベルはユニと同じくらいで…γとユニより差がないような気がするし…」
「なにをひとりで、ぶつぶついってるのよぅっ!」
「えっと、ごめん。仲良しなんだね」
「にゅにゅーーーっ!沢田しんじてないでしょ!ただのなかよしじゃないもんっ!ブルーベルはこどもだけど、入江はちゃんとブルーベルをひとりだけのおひめさまにしてくれたもんっ!!ホントなんだからーーーっ!!」
「し、信じるよ!ブルーベルは、嘘をつくような子じゃないから」
慌てて言って、ふと綱吉は気付いた。
……血のにおいが、しない。
ブルーベルが綱吉に打ち明けたのは、ちょっとおませだけれども、ごく普通の女の子の、一所懸命で微笑ましい初恋。
今、綱吉の隣にいるのは、いつか本当にお姫様のようなドレスを着て、正一に手を引かれて花嫁さんになる日を夢見ている、ひとりの可愛らしい女の子…なのだ。
「ブルーベルは、正一君のどんなところが好きなの?」
「にゅ!!」
綱吉は何となく言ってみたのだが、想像以上にブルーベルは衝撃を受けて、そして想像以上に真面目に、う〜んと考え込んだ。
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[図書室59]
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