02
「あのね…っ、なかまはずれなんかじゃ、ないの!入江は、びゃくらんとも桔梗とも、ちがうの。…ブルーベルのとくべつだから。“ゆいいつ”の“とくべつ”だから、できないの!!」
ブルーベルは、自分で叫んでみて、意味が分からないと思った。
…だいすき。なのに、どうしてできないのだろう?どうして、当たり前のように、頬を寄せて、唇を当てるだけのことが、できないのだろう…?
「ブルーベル」
なに?と聞き返す前に、正一の唇が、ブルーベルの柔らかな頬に、そっと触れた。
「〜〜〜〜〜っ」
「僕は、日本人だから家族にキスはしないんだよ。“唯一”で“特別”の君にしかしない。…でも、それは僕の心だから、ブルーベルに同じことを無理矢理させたいわけじゃないんだよ」
「…………」
正一がやさしく笑うから、返ってブルーベルは泣きたくなった。
…だいすき、なのよ。
だいすきだから、びゃくらんや桔梗にはできて、でも入江にははずかしくって、できないっておもってしまっただけなのよ。
「入江…」
「ごめんね。そんなに、泣きそうな顔をさせたい訳じゃなかったんだよ」
「しってるわ」
入江は、わがままなブルーベルでも、すきでいてくれるもの。
でも…
「ブルーベルは、入江のこと…だいすきよ」
「…ありがとう。僕も、君が大好きだよ」
「な、なんで、ありがとうなのっ」
「だって、君の方から好きっていってくれるの、あまりないから。勇気を出してくれたんだなって思って」
「〜〜〜〜〜っ、入江!おとなだからって、ほんとうすぎること、なんでもかんでもいいあてないでよっ!!」
ことばにしなくても、つたわってしまうから、よけいにブルーベルはゆうきがだせない子になってしまうのよ。
でも…でも。
ブルーベルは、正一の首筋に腕を絡めると、ちゅ…と頬にキスをした。
「…………」
「ど、どうしてだまってるのっ!ブルーベルは、しぬきでゆうきをだしたのに!!」
「……驚いたんだよ」
正一は、にこりと笑った。
「でも、嬉しいよ」
やさしく笑ってくれるから。なかなかおかおをみられないの。
「それって、大人の味なのかい?」
「にゅ?」
炭酸入りの、オレンジジュース。
「……入江は、がまんしなくても、のめるとおもうわ。おとなだもん」
「おいしい?」
「びみょうだわ」
「貸して?」
正一は、ブルーベルから缶を受け取ると、コクリと一口飲んだ。
「懐かしいな」
「どうして?」
「最近、僕はコーヒーばかり飲んでいるから」
「にゅ…」
やっぱり、入江は、おとなだわ。
「コーヒーってすっごくにがいんでしょ?」
「すっごくって言うほどかな…。僕は好きなんだけど。でも、飲みにくければ、白蘭サンみたいにミルクと砂糖をドバドバ入れてもいいんだよ」
……そういえば、びゃくらんは、おとななのに、大人のあじはダメだわ。どうして???
「入江のは、ぶらっく、っていうんでしょ?」
「そうだね。僕は、砂糖もミルクも入れないのが好きだから」
「おいしい?」
「おいしいよ」
むー、とブルーベルは眉を寄せた。
たんさんのオレンジよりおとなのあじ…!
「かしてっ!ブルーベルも、おとなのあじに、ちゃれんじよ!!」
「無理しない方がいいと思うけど…」
「にゅっ!むりかどうかは、のんでみなきゃわかんないでしょっ」
ブルーベルは、正一からコーヒー缶を受け取ると、勢いよくごっくんと飲んでみた。
「大丈夫?ブルーベル。……大丈夫じゃ、ないみたいだね……」
盛大にむせてから、ブルーベルは涙目でビシィと正一を指差した。
「おとなのみかくって、ヘンよ!!」
「変でもいいよ。僕は、自分が好きだからって、ブルーベルに押し付けたい訳じゃないから」
「…………」
変、と言った割には、ブルーベルはすぐにコーヒー缶を返すことはしなかった。
「ブルーベルは…。入江とおなじものを、おいしいねって…いいたかったのよ」
「……うん」
涙目のまま。
だから、正一は、ブルーベルの目尻に唇を寄せて、ちゅくりと涙を吸い取った。
「にゅにゅーーーっ!な、ななななにするの、入江っ」
「キスだよ」
くすりと、正一は笑った。
「それから、同じ入れ物から飲むのって、間接キスって言うの、知ってる?」
「〜〜〜〜〜っ」
ブルーベルは、真っ赤になって口をぱくぱくして、そのあとやっと元気に叫んだ。
「入江のばかーーーっ!!」
「あはは、ばかでもいいよ」
正一は、ブルーベルからコーヒー缶を受け取った。
「もうひとつ…いいかな」
「な、なに?」
身構えるブルーベルに、正一は尋ねた。
「もし、君が眠れない夜に、僕が君に添い寝してあげたら、君はよく眠れるのかな」
「…………………………………」
ブルーベルは、がーんとショックを受けた。
入江と…ねんね???
「にゅーっ!そんなの、よけいにねむれないのにきまってるでしょバカーーー!!」
「どうしてだい?」
「どきどきしてたら、ねむれないでしょっ!!」
「…………」
流れた沈黙に、ブルーベルはやっと、自分がうっかり何を言ってしまったのか気付いた。
「な、なんでわらってるの入江っ!」
「嬉しいからだよ」
あんまりやさしくわらうから。
……だいすき。
〜Fin.〜
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