X 千種とクローム
「あげる」
いつも通りの、ボソボソとした声。
振り返れば、厚みのある箱を差し出すクロームの姿が。
「何それ?」
「2月13日」
「知ってるよ。だから何?」
「バレンタインデーの1日前」
……ああ、明日はバレンタインデーか、と千種はやっと思い出した。
学校に行けば、骸様の下駄箱とか机とか、チョコレートらしきもので溢れかえって、直接渡しに来る女子もいて、案外やぶさかでない感じに骸様がウハウハして、M・Mがキレる日だ。
日本のバレンタインデーと言うからして、クロームがオレに差し出したのは、チョコレート関係のお菓子なのだろう。
「何でフライング?」
「明日だと、一番じゃなくなっちゃうかも知れないから」
ぽやん、とクロームは長身の千種を見上げた。
「朝は忙しいから、渡しづらいと思う。でも、学校に行ったら、千種もチョコもらうから。そしたら、私が最後になるから、かなしいの」
……何で、かなしくなるんだよ。思わせ振り。
「オレは、別に骸様みたいにモテないけど?」
「でも、犬が言ってた。去年5個もらったって」
「……ああ。柿ピーのくせにとか、言うんだろ。犬は8個だけどね」
乱暴なようでいて、犬は骸様の命令でなければ一般人相手に暴力は振るわないんだし、陰気なオレと違って人懐こくて愛嬌もあるから、案外人気者だったりする。
……なのに、去年オレに届いた5つのチョコ、意味不明。(←サラ髪長身メガネ美形という事に気付いていない)
「骸様や、犬にもフライング?」
「うん。骸様と犬とフランにはチョコスコーン」
「……みんな同じ?骸様には差を付けなかったの」
「うん。差を付けると、M・Mが怒るから。骸様の分はね、M・Mが骸様の部屋に朝這いして朝一でブランドものの高級チョコを持っていくんだよ」
朝這いって何だよ朝這い……
「学校に遅刻しても、チョコごと食べて貰うって言ってた。……何を食べてもらうのかな」
「…………………………………」
オレは、答えない方がいいと思う。
「オレのもスコーン?」
いちいち、クロームに探りを入れるくらいなら、さっさとラッピングを自分で解けばいいのに。
「違うよ。チョコレートケーキ。京子ちゃんとハルちゃんと一緒に作ったから、多分おいしいと思う」
「そう…メンバーにポイズンビアンキが入っていないのは、賢明だったと思うよ」
解いて箱を開けてみたら、確かにシンプルなチョコレートケーキだった。
小さいホールケーキ。サイズにして、2〜3人分。
「チョコケーキとしては小振りだけど、これってオレひとりが食べるのには量が多くない?」
「半分こにして冷蔵庫に入れて置いて、明日食べればいいと思う」
「オレの勘だと、明日には勝手に犬が平らげている可能性が99%だよ」
「それなら、始めから犬やフランと一緒に食べていいよ。骸様は、M・Mが怒るからやめておいた方がいいと思うけど」
……何となく、ムカついた。
「結局、クロームはこのチョコケーキを、誰にプレゼントしたいわけ?」
「千種にあげたい」
「だったら、簡単に、他の男にあげてもいいなんて言うなよ」
無神経で鈍いクロームにもだけど、些細な事で嫉妬をしている自分が腹立たしくて、キッチンから2つの皿とフォークを持ってきた。
「量が多いって分かってて、オレにプレゼントしたんだろ。だったら、クロームも責任をとって半分食べてよ」
「……ごめん」
「別に、謝らなくていいよ。…めんどい、そういうの」
ケーキを切り分けて、いただきますもせずに口に運ぶ。
感想くらい、言う方がいいのかな。それは、別に、めんどくないし。
「……おいしいよ」
「よかった」
クロームは、ホッとした顔をする。…いつになったら、オレに笑顔をくれるの。
オレにだけこのケーキをくれたんだったら、多分本命って奴だと思うんだけど。
オレが知る限り、クロームの笑顔はレアで、そのレアなものは全て骸様へのもので、犬は何かとクロームにブースブースって喚くけど、何だかんだとクロームと一緒にいる時間はオレよりも長い。
……それなのに、何でオレ?
「どうしたの?千種」
「別に」
あんまり、そうやってボーッと無防備にしているからだよ。
引き寄せて、チョコ味のキスをした。
離れてみれば、クロームの頬が少し染まっているような気がして……それ、うまれつき?
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