01

緩やかに、甘く爽やかな香りを感じる。
延々と、色とりどりのバラが咲く道。

「びゃくらんって、バラの花に似てるよね」
「どうしてだい?」
「きれいで、いいにおいがしてね、あと…」

ブルーベルは、つぶらな青い目の下に指をやった。
「とげとげ」
「あはは、そうだね」

でもねー、とブルーベルは続ける。
「桔梗は、こちょうらん、っていってたよ」
「ああ、分かるような気がするよ。白の胡蝶蘭は、……バラとは、正反対に」

ただ、白く美しい。
贈答用に好まれるのは、花姿が非常に美しく、そしてバラと違い、匂いも花粉も殆どないからだ。

ただ、そこに、美しくあるだけ。

(僕には、ただ風景に見えるだけ)

美しいのに、多くのひとを惹き付けるのに、花の方は何ものにも関わろうとしないような気がする……そんな花。

「僕は、似た系統の花で、紫のデンドロビウムもいいと思うよ」
「むらさきだから?」
「花言葉が、我が侭な美人。華やかな魅力」
「にゅ。それなんてびゃくらん?」
「あはは、あのひとっぽいだろう?」

正一は、あるひとつのバラの株の前で、足を止めた。

「この花、何色に見える?」
「ばかにしてるの?ピンクでしょーぴんく!!」

ブルーベルに元気良く言われて、正一は笑った。

「僕もそう思うよ」

正一が手に触れていたのは、可憐なバラの花だった。
花の根元の方が白っぽく、花びらの外側にかけて、少し紫がかったピンク色が差す。でも、大抵の人間はそこまでしっかり観察などしないのだし、何色と聞かれればピンクと答えるだろう。

「でもね、名前はSilverade」
「しるば…?」
「シルバラード」

正一は続けた。
「映画のタイトルだったり、車の名前だったりするけど…意味は、エルドラドっていう伝説の土地のシルバーコイン…銀貨、っていう説があるんだ」
「ぎんー?」

ブルーベルは不満そうだ。
「このバラかわいいけど、全然ぎんじゃないよ。ぴんく!」
「ふふっ、バラにはね、そういう、どうしてかなあっていう名前が結構あるんだよ」

もう少し、正一は歩いて、ブルーベルは付いていった。
「……これは?」
「にゅ。」

ブルーベルは、迷った。
「……むらさきっぽい、ぴんく。…ぴんくっぽいむらさき」
「そうだね。色でいうと難しいよね。ほかの花なら、ライラックがこんな色かな」
「これのなまえはー?」
「Blue Nile。バラの中ではね、青バラに分類されることもあるバラなんだよ」

えええーーー!と、ブルーベルは叫んだ。
「ぶるーないる?ナイルがわのナイル??ぶるー!どのへんぶるーなのっ?」
「……そう思うよね」

指で触れる花びらは、なめらかで、少しの冷たさを持つ。

「バラはね、品種改良でたくさんの色のバラが創り出されたんだ。…でも、どうしても実現しなかった色がある。……それが、青。青いバラだけは、どうしても創れなかった」
「…入江。あおのはなは、そんなにないって、いってたね」
「“ブルーベル”は、自然に生まれてきた花だよ。でも、色とりどりのバラの多くは、そうじゃない。人間の手で、いくつものバラを掛け合わせて、どうしても実現しなかった青のバラは……ひょっとしたら、神様だけのバラなのかも知れないね」

かみさまの、ばら。と、ブルーベルも呟いた。

「このブルーナイルと、さっきのピンク色のシルバラードを掛け合わせて創り出したのが、…この花だよ。何色に見える?」
「んー…」

ブルーベルは可愛らしい仕種で首を傾げた。
「しろ…よりは、はいいろ…っぽいけど、…おくのほう、ちょっとだけ、むらさき…ぽいかも、しれないけど。なんか…ちがう。なんか…」

やがて、ブルーベルは言った。
「……ぎん?」

口にしてみて、ブルーベルはそうだったんだと、気に入った様子で花を覗き込んだ。
「ちょっと、ちがうかもしれないけど、ぎんっぽいよ!…にゅ?いいにおいがするー!」

正一は言った。
「名前はね、ステンレススチール」

ん?とブルーベルが正一を振り返った。
「すてんれすぅぅぅ!?なにそれ、なべ?なべなのっ?すちーるって、たわし!たわしじゃないのーーーっ!!」

正一は、思わず笑ってしまった。
「…まあ、鍋とかタワシじゃなくて、多分メタリックな花姿から、そういう名前になったんだろうね。……でも、光を放っているわけでもないのに、僕が知っているバラの中で、一番“銀”を感じたのは、ブルーベルと同じで、このバラなんだよ」
「バラには、ぎんばらとか、ぎんけいとか、ないの?」
「…銀バラも銀系も、ないよ。このステンレススチールも、青バラに分類されるんだ」
「えーーー?」

ブルーベルは、不機嫌に叫んだ。
「にゅーっ!なにその、むりやりなかんじっ!ブルーベルも、あおはすきだけど、むりやりあおをつくったり、ぜんぜんあおじゃないのを、いじでもあおってよびたがるの、ヘンだとおもう!」
「……そのくらい、人間にとって、青バラはどうしても追い求めたい夢だったんだし、今もそうなんだよ。いずれは、本当に誰が見ても青いバラだって答えるバラが生まれるのかも知れないね」

また、正一はゆっくりと歩いた。
「この辺りのバラがね、青バラって言われているバラだよ」

そこに咲いているのは、紫の、或いは青紫のバラだった。
かなり、淡い青に近いものもある。でも、それはやはり、贔屓目に見ても青紫なのだ。

「どうしたんだい?ブルーベル」
「……どうしても、あおじゃなきゃ、ダメ?」

正一の隣で、ブルーベルは悲しそうに見えた。

「むらさきでも、あおむらさきでも、ぎんでも、きれいだよ。“ブルーベル”だって、あおむらさきでいいんだよ。なのに、もっともっと、あおくならなきゃ、ダメ?」
「…………」
「ぜんぶ、きれいだよ。いいにおいだって、するよ。なのに、もっともっと、あおいバラじゃなきゃいけないの?」

正一は、静かに応えた。
「このままで、いいと、思うよ。…寧ろ僕は、人間は永遠に青いバラに辿り着けなければいいと思ってる。それが人間の限界であって欲しいんだ。…神様のバラに、届かなければいいって思うんだ」
「入江…?」


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