02
「にゅーっ!どーしてかってにいなくなるのよぅっ!」
「ごめんね」
「どーして、ごめんねなのに、びみょーにわらってるの!びゃくらんがいったみたいに、にほんじんはそうなのっ?」
正一は、やはり困ったように微笑した。
「全員そうじゃないよ。でも、そういうひともいるね」
「どーして!わけわかんないっ」
「人によって、理由は色々あるんだろうけど、…喧嘩するくらいなら、取りあえず自分が謝っておけばいいし、怒った顔をするよりは、ちょっとでも笑っていた方がいいと思うから…かな」
「わかんない」
ブルーベルは、不機嫌に尋ねた。
「あと、“ごめんね”でごまかしたでしょっ!どーしていなくなったのか、入江はこたえてない!」
「…………」
少しの間を置いて、正一は静かに言った。
「ブルーベルは、ひとりで森に行っちゃいけないんだろう?だったら、僕が一緒にいるのは森の出口まででいい」
ブルーベルは、どうしてか、悲しくなった。
悲しくなった自分が、イヤだと思った。
「それに、森を出たらすぐに桔梗と会えたはずだよ。だったら、僕がついていなくても大丈夫だろう?」
……そうだ。正一が、自分がいなくてもいい理由ばかり言うからだ。
ブルーベルと一緒にいたいとは、決して言ってくれないからだ。
(ブルーベルと一緒に遊んでくれたのなら、入江正一はきっとブルーベルが好きなのですし、また会えますよ)
「桔梗…うそ、ついた」
「え…?」
青いつぶらな瞳が、泣くまいとして潤んだ。
「桔梗は、入江はブルーベルのこと、すきだっていってた。でも、ブルーベルをおいてく入江は、ブルーベルのことなんか、きらい」
「……そうじゃないよ」
正一が、しゃがみ込んだ。
……そうして、しせんをあわせてくれるおとなは、ざんこく。
だって、こどもがこどもなのが、わるいことみたいな、きもちになるから。
「桔梗に、バトンタッチしただけだよ。ブルーベルは元々、彼の仲間なんだから」
「どーしてバトンタッチ?入江も、ブルーベルと桔梗と、いっしょにおやしきにもどればよかったのに」
ふと、ブルーベルは思い出した。
(案外、ひとの好き嫌いがはっきりしていて、嫌いな者には近付きたがらないのです)
「入江は、桔梗がきらい?」
「え…?」
やはり、正一は困ったように笑った。
「……嫌いじゃ、ないよ」
「にゅ?なにその、もやもや〜っておとこらしくないかんじ?」
「そうだね。僕はあんまり、男らしくないね。モヤシで」
「そーやって、入江ははなしをごまかすのが、いけないとおもうのっ!」
「…………」
正一は、やはり微笑んだままだった。でも、少し寂しそうに見えた。
「苦手…かな」
「キライとどこがちがうの?」
「白蘭サンが大切に思っている人を、嫌いにはなれないよ。……でもね、桔梗が白蘭サンの隣にいるなら、僕はもう要らないんだよ」
いらない。
それは、とても、かなしい、ことばで。
「びゃくらんは、入江をいらないなんて、いわないよ!しんゆう、なんでしょう?」
「……そういう未来もあったかもしれない、だけだよ。でも、多分同じ未来には、ならないんだ。君たち真6弔花が白蘭サンの傍にいるなら、僕が親友になる未来は、もう来ない」
ブルーベルは、やっぱり泣きたいと思った。
「真6弔花は…桔梗だけじゃないよ。ブルーベルもだよ」
「……そうだね。白蘭サンは、僕よりもブルーベルを大切に思うような未来を作るよ」
「ちがうっ!」
ブルーベルは、強く首を振った。水の妖精のような長い髪と、涙の静ずくが散った。
「びゃくらんはびゃくらんで、桔梗は桔梗で、ブルーベルはブルーベルで、入江は入江で、…みんなちがってて、だれかはだれかのかわりになんか、ならないよ!!」
「……ブルーベルは、優しいね」
ブルーベルは、濡れた自分の頬に、柔らかい布が当たったのを感じた。…ハンカチ。
「もうすぐ、君たちはイタリアのジッリョネロに行くんだろう?……僕とは、もう会うことはない。僕と白蘭サンはアメリカの大学で出会ったけど、その出会いも必要無くなった。だから、これから白蘭サンの隣にいるのは桔梗がいいんだし……ブルーベルの言う通りに、僕は僕だから、桔梗の代わりにはなれないんだよ」
正一は、音もなく立ち上がった。
「だから…。これからの未来の白蘭サンに、僕は要らないんだ」
「やだ!そういう、かなしいいいかた、しないでよ!」
「…ごめんね」
ふっと、まぼろしのように、少年はブルーベルの隣を通り過ぎた。
……森の奥へ、独りで消えてゆく。
(僕ひとりじゃ、幸せになれないから。あのひとが寂しいままなら、何の役に立てなくても傍にいて…ふたりでいればよかったんだ)
「ひとりじゃ、イヤだって、いってたくせに!ばか…っ!」
どうして、追いかけられなかったのだろう。
「びゃくらんが…。もう、さびしくないから、入江はいっちゃうの…?」
どうして、みんなで幸せに、一緒にいられないのだろう?
「…っ、びゃくらんの、ばかぁ!!」
入江がいないところでわらっていないで、入江をおいかけてあげれば、ふりむいてくれるかもしれないのに。
ブルーベルじゃ、だめだったのに。
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[図書室57]
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