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※ 寄稿作品につき、本作だけでも意味は通じますが、流れとしては、図書室39「切っ先にも似た瞳」(寄稿)→ 図書室41「雨と雲」→図書室42「地上の月/明日を知らずに生きる勇気を」(寄稿)→本作、となっております。(ねえ)
(生き別れるのと、死に別れるのと、どっちがつらいと思う?)
雨月は、地上の月のように美しい恋人の横顔を見つめ、言葉に詰まった。
そして、アラウディの問いへの言葉を紡いだ。
(死に別れる方であろうか)
(死者には、二度と会うことは叶わぬゆえ)
(……そう)
アイスブルーの瞳が、雨月を見つめて、微かに笑った。
(だったら、僕らしくもない心配なんてものを、せずにいられるよ。……雨月)
この時、雨月は嘘をついたのだ。
本当は、生き別れる方が辛いと、そう思ったのだ。
死に別れる事も、悲劇であり悲嘆ではある。
しかし、死は誰にでも、平等に訪れる。時と共に別れの嘆きは、いつか透き通った悲しみに代わり、過ぎ去った愛おしい日々を思い出せる日が来るのだろう。
しかし、愛し合う者が生き別れる苦しみと悲しみには、終わりが来ない。
愛おしいひとが、同じ空の下で生きている。なのに決して会うことは出来ない。このやるせなさと激しい渇望に似た切なさを、どうすればいいというのか。
だが、それでも雨月はイタリアを去り、遠く日本という故郷へと帰らなければならなかった。
ふたりの、正義感の強い少年ふたりが始めた、小さな自警団。
それはいつの間にか、ボンゴレファミリーという、国家権力にさえ影響力を持つ巨大な勢力となり抗争や戦争に明け暮れるようになった。
かつての少年は、ボンゴレボスと呼ばれるようになり……しかし、巨大化してゆくボンゴレの存在に苦しみ、その未来を描けなくなった。
「……ジョットは、優しすぎたのでござるよ」
「ふん。弱すぎたのさ。人生に正解なんて無い。それでも選択して、決断し続けて行くことで、未来を拓くんだよ。ボンゴレという組織も同じだ。それでも決断し続けて、トップに君臨し続けてゆくのには……」
雨月は、知っていた。素っ気ないようで居て、容赦無いようでさえ居て、最後には必ず一番優しいのだと。
「単に、あの小動物には、荷が重すぎたんだよ。……それでも大切な友人だと思うのなら、君がジョットを守ってやればいい」
弱いから、見放せとは、アラウディは言わない。
守ってやれ…と。雨月を日本へと送り出そうとする。
そして、アラウディ自身は、初代門外顧問の責務を果たす為に、この地に留まる。
「血の気の多いU世も、さすがに東の果てのジャッポーネまでは、追っ手をやりはしないさ」
「アラウディ」
雨月は、アラウディの名を呼び、その言葉を遮った。
「私は、必ずこの国へ帰ってくるでござる」
「おかしな事を言うね」
くすりと、アラウディは笑った。
「君の故郷は、日本だろう?……帰るべき場所も」
「違うでござるよ。私の帰る場所は、そなたがいるところなのだから」
必ず帰る……そう言って、雨月はアラウディを抱き締めた。
「……君は、何処までもお人好しだ」
アラウディは、息が詰まるほどの雨月の抱擁に身を任せながら、苦笑した。
……辛いなんて、寂しいなんて、君には一生聞かせてあげないよ、雨月……
「君は、楽人だろう。剣豪だか何だか知らないけど、君に剣が似合った試しなんか無かったよ」
雨月の剣の腕は、誰もが認めるところだった。しかし、雨月は可能な限りとどめを刺さず、僅かに剣の軌道を外す。
その、非情に徹しきれない優しさを、アラウディは知っていた。
「剣なんて、日本に帰ったらさっさと売り払ってしまいなよ。そして、君が手放してしまった楽器を、買い戻せばいいさ。……その方が、君には似合いだ」
突き放すような口調で。なのに、アラウディという青年は、そっと雨月を想う心を添えてくれる。
「アラウディ…。私は、そなたが愛おしい。楽よりも、故郷よりも。だから、そなたの元へ帰るでござるよ」
「ふふ、言ってなよ」
アラウディは、雨月の黒い瞳を見つめて笑った。
「僕を、忘れろ。……日本に帰ったら、ジョットの面倒を見ついでに、今までほったらかしにしていた両親に親孝行でもして、月でも見ながら笛を吹いてなよ。……その方が、君は幸せになれる」
……さいごまで、この美しく、素っ気なく、なのに心優しい恋人は、笑うのだ。
するりと、腕をすり抜けようとしたぬくもりを、雨月はもう一度掻き抱いた。
こんなにも、愛している。なのに、置いてゆく。
雨月は、アラウディの唇を塞いだ。アラウディは、何の抵抗もしなかった。
ただ、雨月の激情のままに、深いくちづけに身を任せた。
しかし、その逢瀬にも終わりの時が来た。
「見送りには行かないよ、雨月。……僕は、忙しい」
アラウディは、恋人に背を向け、二度と振り返らなかった。
……この涙は、自分ひとりのものであればいい。
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