01

代々マフィアの家に生まれた以上、信じる神など持たない。
況してや、剣士となれば、人殺しを生業とする者だ。神という者が存在するのであれば、きっとその神は自分を赦しはしないだろう。

……そう、漠然とは思っていた。
だからといって、神という存在を恐れたこともなかった。

幻騎士が、その<神>をありありと感じたのは、剣の修行の旅の途中で、治療法の無い奇病に罹った、そして急激にその病が進行し、自分が死に至ろうとしている……その時だった。

発症から、たったの2日。
全身が、血と膿を滲ませ、腐臭を漂わせながらただれてゆく。体の表面だけでは済まずに、それはじわじわと内臓まで冒してゆく。
激痛に、眠ることさえ出来ない。しかし、病んだ筋肉も神経も幻騎士の意志に従うことは無く、ただベッドの上に横たわっていることしか出来ない。

これが、神の罰なのか。
しかし、幻騎士は納得出来なかった。全ては、ファミリーの為だった。そして、剣を捧げた巫女姫であるボスの為だった。それ以外の為に、この剣を抜いたことは決して無いものを。

愛する者を守ろうとすることは、その為には自らが汚れ、血を浴びることも厭わなかったことは、罪だと神は己を裁くのか。

感染レベル5、という医者の声が聞こえた。
「この患者も、もう……」

続きの言葉は無い。しかし、幻騎士には分かっていた。
己は、死ぬのだと。幻騎士の意識があるので、医者は言葉を濁したのだ。

「……彼はもう、助からないのですか?」

幻騎士とその周囲を取り囲む防菌シートの向こうから、細い声が聞こえた。

「もしそうであるならば、僕を中に入れて下さい」

しかし、医師の返事を待たずに、防菌シートのファスナーが下の方からゆっくりと開けられた。
医者が、驚いて叫ぶ。

「な…何だね君は!?」
「防菌スーツも着ずに…!この部屋は、汚染されているんだぞ!!」

「……知っています」

まるで宇宙服かと思うような、厳重な防菌スーツを着た医療者達に、飾らない普段着で現れた侵入者は微笑んだ。

「もう、手遅れです。この部屋に入った以上は、既に僕も感染者です。だから、かまわないでしょう?彼と会って話をしても」

幻騎士は、驚いた。
発症してからずっと、自分は隔離されていた。それは当然に、これ以上犠牲者を出さぬ為だ。つまりそれは、己は他人の害以外の何ものでもなく、だから独りでいろ、ということであったからだ。

まさか、この呪わしい病に罹患した己に、無防備にも面会を申し出る者が居るだなんて。
……ファミリーの者か?
しかし、幻騎士にはその声は聞き覚えの無いものだった。

(違う……)

幻騎士は、ふと思った。

(オレは、この声を、知っている……?)

そして何故、死にゆく未来は何も変わらないのに、オレは少しでも安心などしたのか。

「この部屋を、僕と彼だけにして下さい。……僕は、その為に此処に来たんです」

医療者達は、顔を見合わせた。
そして、しばらくは迷ったようだったが、みな部屋を出て行った。

当然かも知れなかった。
感染レベル5。それ以上は無い。もう、死に向かうだけの患者を相手に、彼らは出来るだけの手を尽くし、もうこれ以上打つ手は無いのだから。
そして、治療室に入ってきた者も、同じ事だ。汚染されたこの部屋に入ってきて、無事で済む訳がない。この面会者も、いずれ腐り果てて死ぬのだ。

「初めまして…と、言うべきなのかな……」

その、澄んだ声の主は言った。

「幻騎士……」

幻騎士は、再び驚いた。何故、己の名を知っているのか。
そして、声の主の口ぶりでは、会うのは初めてではない、そう言っているように感じられたからだ。

幻騎士は、もう思うように首を動かせず、視線だけで無気力に相手の姿を捉えた。
……少年だろうか。この人物も、無謀にもこの部屋に何の対策も打たずに入って来て感染者となった。
幻騎士もまだ若かったが、死にゆくには随分と幼いと、ぼんやり思った。

「……聞いたんだ。貴方は、病院に運ばれてから、ずっと声もなく泣きどおしだ、…って」
「…………」
「怖い…?ふるさとでもない土地で、誰に看取られる訳でもなく、たった独りで死んでゆくのは」

幻騎士は、答えなかった。
だが、少年の言う通りだった。

怖い。鍛え上げてきた自分の肉体が、見る陰もなく腐り崩れ果ててゆくのが。身動きも出来ないのが。たったの2日で、急速にこの命を奪われようとしていることが。……全てが。

人間は、いずれ死ぬ。
知っていたつもりだった。何故ならば、幻騎士は今まで幾人の命を散らしたのか分からぬほどに、その人生の軌跡に物言わぬ屍を連ねてきたからだ。

自分も、いずれは死ぬ。
だが、それはいつか、戦いの中で命を落とす、それが自分の死に様であり、それ以外には存在しないとも思っていたのだ。

剣士として生き、剣士として死ぬ。
これ以外の生き方も死に方も、幻騎士は考えついたことすら無かった。

だが、訪れた現実は……

[ 42/100 ]

[*prev] [next#]
[図書室46]
[しおりを挟む]


×
「#切ない」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -