3.11

 
大きな地震だとは思った。
でも、帰りの電車が止まっていて、どうにかその日は徒歩で家に帰り着いた……程度で済んだ自分には、他人事だったのだと思う。

震源に近い土地を、テレビが映し出した惨状は、現実感が無かった。映画か何かのようだった。
車や一般家屋に留まらず、鉄骨のビルさえ飲み込み破壊し尽くす津波とは、きっと自分の目で見て死の恐怖感におののき、或いは全てが無惨に汚泥に流され埋もれている、その地に立って喪失感に涙してみなければ、分からないのだろう。

津波の印象が大きいけれども、地震だけで倒壊した家も数多いのだろう。何しろ、原発がダメになって、今でもまともに復旧作業が進んでいないくらいなのだから。

他人事だから、忙しい日常に時の向こうへと忘れていた。
1月。進学校らしくもう新学期が始まってから遅れて届いた、一通の年賀状を見るまでは。

正一は、ふと呟いた。
「ひいお祖母ちゃん…。まだ、仮設住宅にいるんだ……」
「そうよ。今は独り暮らしだけど」

母の言葉に、正一は驚いた。
「どうして?おじさん達と一緒にそっちにいるんじゃなかったの?」
「向こうは5人暮らしでしょう。うちより多いし、狭くて大変だったんじゃないかしら。でも、一番の理由は、子供の進学みたいよ。それに、仮設の辺りの事情は知らないけど、職も見つかりにくいんでしょうし」
「……おばあちゃんは、一緒に行かなかったの?」
「私もそう思ったんだけどねえ」

いつもは脳天気な母も、少し難しい顔をして、軽く溜め息をついた。
「仮設だと、村にいた頃のご近所さんがいるでしょう?おばあちゃんくらいの年齢になると、そのご近所さんづきあいをなくしてまで移り住むのは辛い…って。それで独りだけ残ったみたいなのよ」

あの過疎化の進んだ村で生まれ育ち、老いていった曾祖母だ。その故郷を追われた上に、数代前まで遡ることが出来る強固な絆とも言えるコミュニティを失ってしまうのは、本当に自分の今までの生涯を失うのに等しいのかも知れなかった。

「可哀想だ、なんて……感傷的な偽善だって、思うよ……」

幻騎士は、ソファの隣でそう呟く正一の手元を見た。
それは、一通の年賀状。

コンビニにあるような絵付きや最低限の挨拶が印字されたハガキでも、況してやPC加工でプリントアウトされたものでもなく。

ただ、白いばかりの葉書に、……多分、行書混じりなのだろうか。幻騎士には少し読みづらいが、新年の挨拶と正一の一家を気遣う文章が、鉛筆で綴られていた。

「僕の小さい頃は、…多分万年筆だったのかなあ。ひいお祖母ちゃんは綺麗な字を書くんだなあって思っていたよ」

そう、正一はぽつりと言った。
年を取って、筆圧が弱くなったのか、鉛筆を握る手が多少不自由であるのか、年賀状の文字は所々つっかえながら、手を震わせながら書いたのが分かる文字だった。

「最後に会ったのは、いつ頃になりますか?」
「……小学校の頃。4年生…だったかな」

幻騎士は、入江一家の事情を聞いた。
正一の曾祖母は、同じ村の男と結婚し、3人の子供をもうけた。

田舎では、当然に長男が跡を継ぐという不文律があるが、長男は学問の道を志し、奨学金を取り苦学生をしてでも大学に行くのだと、都会へと出て行った。
その長男が、正一へと血が繋がる祖父だ。

「入江殿のお祖父さんらしいですね」
「え…?そう、かな。でも、若い頃無理をしたからなのか、あんまり体が丈夫なひとじゃなかったみたいで……早くに亡くなったんだ。それも同じ頃、僕が小学校の時だったよ」
「…………」

そして、曾祖母が産んだ残りのふたりは、長女と次男だ。
長女は、遠方に嫁ぎ、夫と共にそちらで子育てを終え、骨を埋めるつもりでいる。

「で、残った次男…僕の大叔父に当たるひとが跡を継ぐことになったんだけど……でも、それはなかなか大変なことだったんだよ」
「その御方も、村を出て行きたいと仰ったのですか?」
「ううん。大叔父さんは出て行かなかったんだけれど、<過疎化>っていう日本語、わかる?」

つまり、農家、そして過疎地域には深刻な「嫁不足」という問題だ。
何しろ、正一の曾祖母の村にあるのは、中学校まで。高校進学する為には、長時間のバス通学をするか、高校時代から村を出て下宿暮らしをするか、どちらかしかない。

「ただでさえ人口の少ない村なのに、15歳以上の若い世代がほぼ全員に近いくらい、村を出て行くんだ。女の子の場合は尚更、農家の苦労を知っているから、農家に嫁ごうとは思わない。だから、お嫁さんも何もあったものじゃないんだ」

もう、大叔父自身も、そして内孫の顔を見たいと願っていた曾祖母も、結婚はほぼ諦めていたという。だが、大叔父の結婚は遅れたものの、やっと50代で御縁が出来た。
仕事関係の知人の紹介で、連れ子のいる未亡人の女性と結婚したのだ。だから、大叔父の子供(曾祖母から見れば孫)と正一(曾祖母から見れば曾孫)が同世代になる、というズレが生まれた。

「僕たちは、そんな事全然気にしないで子供同士仲良くしてたし、お嫁さんのこともいい人だって思ってたよ。でも、僕の両親は、せっかくの新家庭を邪魔しちゃいけないって思ったらしくて、それで何となく疎遠になっちゃったんだ」

仲が悪い訳では決してない。年賀状、お中元やお歳暮、そのほかにも、曾祖母は畑で取れた野菜を食べて欲しいと、段ボール一杯に毎年送ってくれた。

……美味しかった、あの野菜の箱は、もう途絶えてから3年になるんだ…と、ふと正一は思った。

「毎年、届くと喜んでたのにね。……なのに、届かなくなっていたんだ…ってこと、ひいお祖母ちゃんの年賀状を見るまで、僕は思い出してもいなかったんだ。僕、家では全然食事作りもお手伝いもしていなくて、自分の家の冷蔵庫に何が入っているのかも知らないくらいだから……」

ぽつぽつと言葉を紡ぐ正一の横顔を、幻騎士は黙って見つめていた。

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