01

手入れをされた芝生の上を歩いて、僕たちはジッリョネロのみんながいる屋敷の敷地をあとにした。

僕の手をそっと握って導いてくれる手。彼の大きくてガッシリした手に比べたら、僕のちっぽけな手なんて、まるでオモチャのようだった。
でも、僕ごとつつみこんでくれるような大きな手は、あたたかかった。

いつまでこうして歩いているのかと、尋ねようとして僕は黙った。
だって、訊いてしまったら、彼は悪くもないのに「申し訳ございません」って僕の手を放してしまうと思ったから。

「ご自宅と学校と、どちらに向かいますか?」
「あ…えっと、学校に…。代理戦争で、だいぶサボってしまって、母さんに怒られから…」
「そうですか。では、母上にご心配をかけぬようにするのがよいですね」

……僕は、ゲホゴホとむせた。

「お加減が悪いのですか?」
「そ…そうじゃなくて!うちの母さんは、母上とか言う、そんな上品な生き物じゃないから!!」

それに、僕は無神経な事を言ったと思った。幻騎士は、全てを捨ててジッリョネロを去ったのに。家族の話題を出すなんて……母さんが怒るからなんて、僕が口にしたのは、どこまでも子供じみた配慮のない言葉だった。

いつの間にか大通りに出ていて、幻騎士がもう一度僕に尋ねた。
「駅までだいぶありますね。タクシーを捕まえますか?」

もう少し、こうしていたいって、我が侭を言えば幻騎士はきっと言う通りにしてくれたと思う。僕が、甘えることを許してくれたと思う。
でも、学校に戻って授業を受けるって言った僕が、今更そんな事を言うのは不自然で。
……何より、僕の頬が火照って、心臓が跳ねて、繋がれた手に熱を感じて、……言えなかった。

「それとも、駅ではなく、学校に直接向かっても構いませんが」
「あ…の、駅でいいよ。定期券持っているから…」

タクシー代が高くなるなんて言ったら、幻騎士はやっぱり構いませんよと言うんだろうし、だから定期券を言い訳にした。
幻騎士なら、きっと学校に最寄りの駅までじゃなくて、本当に学校の前まで送ってくれると思って。……その方が、僕は彼と一緒に長くいられるから。

幻騎士がタクシーを呼び止めてくれて、いかにもレディーファーストに僕を先に乗せてくれたとき、ずっと繋がれていた手が離れて、寂しいだなんて思ったのは、どうしてなんだろう?
彼は変わらずに、僕の隣にいてくれるのに。

でも、そんな僕の物思いも何分かで終わった。
タクシーが駅に着いたら、ごく当たり前に、「どうぞ」って、彼が僕に手を差し伸べてくれたから。
電車の中では、ドジな僕がよろめいたら、自然に肩を抱いて支えてくれて……慣れない扱いにドキドキしたけど、この時間がずっと続けばいいのになんて、僕は思ってた。

そんな事はあるはずもなくて、電車はアッサリと学校の最寄り駅についた。彼はまた、僕と手を引いて歩いてくれたけれども、何だかいつもより早く学校に着いてしまった気がした僕は、やっぱり甘えん坊なんだと思う。
……きっと、そう。

「大きな学校なのですね」
「あ…。中高一貫校だから」
「そう言えば、白蘭様から、入江殿は名門校を卒業してアメリカに渡ったという話を聞いたことがあります」

……こんな時に白蘭サンの名前を出すなんて、貴方も存外に罪なひとで。

ふと、気付く。僕と白蘭サンは、少なくとも僕の方から頼ったり甘えたりするような<親友>じゃなかった。ちゃらんぽらんなあのひとに、「ダメじゃないですかーーー!!」ってツッコミ入れるのが僕の役割だったんだ。
僕は、ツッコミ入れられる程度に、しっかりした常識人でいなければならなかったんだし、いつもいつも、意地を張りっぱなしでお腹が痛かった。

でも、幻騎士と再会してからずっと、僕は泣き虫な甘えん坊で、これっぽっちもしっかりしていないんだし、意地を張ってもいない……?

「では、オレはこれで」
「……幻騎士」

僕は、もそもそと、電話番号とメールアドレスの交換を口にした。

「そうですね。連絡先が分からなくては、お目にかかれなくなってしまいますから」

僕は、頬が火照った。幻騎士も、少しは僕と会いたいと思ってくれたのかな、…って。

「あの…。メールとか…特に電話とか、しない方がいい時間帯ってある?」
「特にありません。日本に住むと決めた以上は、住まいと職を決めることくらいしかすることがありませんので」

日本に住むって。事も無げに言うから。…ああ。僕は、いつの間にこんなに泣き虫になったんだろう?

「幻騎士…本当に、僕の為に日本にいてくれるの……?」
「はい。貴女の傍に居ると約束致しました。この誓いを違えることはありません」

僕は、さっさと校門をくぐって、全速力で走って次の授業に間に合わせなきゃいけないのに。
初めて、幻騎士の方からふわりと僕を抱き寄せてくれたから、彼の袖をぎゅっと握りしめた。

「オレが、貴女を寂しくさせぬように、お側におりますから。……どうか、安心して下さい」

彼のぬくもりに。優しさに。
あったかい想いでいっぱいになるのに。ほんの少しの別れに、胸が痛くなる。

この気持ちは、僕が本当は甘えん坊だから……?




〜ふたりで〜


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