01
「正一……許して?」
「……反省してるんだろ。だったら、僕はもういいって言ったよ」
本当は、解ってる。
君は悪くないんだ。反省する必要も無い。
全面的に、僕が悪い。
なのに、君は僕と大違いに素直なひとで、僕よりも早くすぐに謝ってしまったから。
意地っ張りな僕の「ごめんね」は、優柔不断にも引っ込められたまま。
「ううん。正一は怒ってるよ…。だって…ずっとウチの目を見てくれない」
目を合わせられないのは、僕の側に後ろめたさがあるからだ。スパナ……君が悪い訳じゃないないんだよ。
「……こういう話、大学で振らないでくれるかな。いつ誰に見られてるか聞かれてるか、分からないだろ」
「すまない…。でも、ウチ…」
もう、1週間も、君の笑顔を見ていない。
「ウチ…、寂しいよ……」
スパナが、ぽつんと呟いたのが、涙声だったような気がして、僕はハッとして振り返った。
でも、スパナはもう身を翻して実験室から出て行こうとするところで。きっと、叱られた子犬のようだっただろう顔も、僕は見ることが出来ずに。くるんと癖のある金色の髪が揺れて、それさえもあっという間に僕は見失って。
……どうして、僕は追い掛けてあげなかったのかな。
理由なんて。
僕が、意気地無しだからだ。
僕が謝ったら、僕はスパナの素直な感情表現を、受け止める義務があるから。
(正一、すき)
(すごく、すき。愛してる)
どうして、あんなに素直に一途に、言えるんだろう?……僕を見つめて、真っ直ぐに僕の胸に飛び込んで来る事が出来るんだろう?
高校のロボット大会で知り合ったときから、スパナはそんなひとだった。
元々、スパナはハイテクと緑茶とチャブダイの(?)国・日本に憧れていて、かなりの親日家だった。
僕に声をかけてきたきっかけも、そうだった。
それだけのことなんだと、日本のメカニックなら誰でもいいんだろうと僕は思っていたのに。その年の大会の最終日に告白されたから、僕は驚いたんだし、パニックになりながら否、これはきっとジョークなんだとか、色々誤作動をした。
(ジョークで告白するほど尻軽なのが、イタリア女のイメージか?)
(それとも、正一には、ウチが軽い女に見えるのか?)
(そ…んなことないけど、僕の何がいいんだよ!?)
ズバリ、僕はモテない。
話題なんて、工学関係とブラペパに限られて、女の子とちょっと親しくなれるチャンスがあっても、ドン引きされるか聞き上手にもなれずに退屈されてしまうかどっちかで。
当時は背も低かったし、それを含めたルックスも、いかにも冴えないメガネって感じだし。今でも、身長が180cm近くまで伸びた事以外は、相変わらずパッとしない男だと思う。
でも、今はバブル期の勝ち組男性みたいに、高学歴と高身長だけは手に入れたから、そのうち高収入になれば、そのスペックだけで、ある程度女性の方が寄ってくるようになるのかも知れない。
……それはそれでイヤだな。女性の現金さとは、僕は無縁で居たい。
実は、僕は男をスペック買いする女性を、どうこう言えた立場じゃない癖に。
僕がスパナに心惹かれたきっかけは、あの、人目を引く綺麗で眩しい容姿をしていたからなのに。
……なんて、綺麗なひとなんだろう、って。
目を、奪われた。きっかけに、過ぎなかったのだとしても、僕だって負けじと俗物だ。
そんな、憧れの女性(同い年だけど、白人で大人びて見えたから、同い年の気がしなかった)から、
「ウチ、正一のこと好きだ。なのに、どんなに頑張っても、あと1年は正一の逢えないの、寂しい」
って、しょんぼり加減に言われたから、僕は最大限に動揺した。
(僕の何がいいんだよ!?)
(全部だ)
(ウチ、正一のこと、まだ知らないことの方がずっと多いけど、もっと知りたいし、知れば全部を好きになるんだ)
全部、なんて。
そんな、心が広すぎる感じに言われても、自信の無い僕は、スパナのことも信じられなかったんだし、不安しか感じなかった。
……でも、スパナの言葉は、僕の心そのものだったんだ。
僕も、スパナのことをもっと知りたくて、知ったことの数だけ、もっともっと、君を好きになるばっかりなんだろうと思ったから。
(知らない所じゃなくて……僕の知ってるところで、どこが好きなの……)
(優しいし、カッコいいよ)
(や…!?さしい、はともかく!カッコいいとか、君は眼科に行くべきだと思う!!)
(何でだ?ウチ、両目の視力、2.0だけど、別に遠視じゃないし)
(あ…、もうひとつ、好きなところある)
(な、何だい?)
(ちっちゃくて可愛い。ムギューしたくなる感じだ)
(…………………………………)
あの時、僕のなけなしの男のプライドはこっぱ微塵になったけど。
次の瞬間には、本当にスパナの魅惑的な胸にむぎゅーされていて、僕は思春期全開でKOされた。
(あの時は、正一が突然寝たから、びっくりした)
眠ったんじゃなくて、普通に気絶したんだよ……スパナ。
とか、恥ずかし過ぎる真実は、僕は棺桶まで持っていきたい。
でも、結局そんなスパナからの告白があったから、僕たちは恋人同士になった。
その当時は、残り3年近くの高校時代を遠距離恋愛で乗り切っていくことも、身内を既に亡くしているスパナが、僕を頼って日本の大学に来てくれることも……今まで9年以上も恋を育ててきた幸福も、何も僕は予想していなかった。
(ごめん、スパナ。これからは、もっと……)
言えないまま。
僕だけが、幸福だったね……
君には、寂しい思いをさせて嘘を押し付けたまま。
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[図書室43]
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