01
その時までは、声をかける勇気すらなくても、廊下で擦れ違うだけでドキドキするような、片想いの女の子がいたりしたのに。
どうして、選りに選って、黒スーツがむやみに様になる金髪碧眼イケメンに、僕は恋をしてしまったんだろうか……
と気付いた時には、僕はお腹が痛くなるんじゃなくて、論文に行き詰まった科学者みたいに頭を抱えた。
彼と出会ったのは、高校生国際ロボット大会の試合前夜の親善パーティーで。
世界各国から人が集まるから、無難にスーツが一番多かったけれども、僕たちが学生服だったように制服もちらほら見かけて、民族衣装も居て、堂々とジーンズみたいな普段着も居たりして、かなり多様だった。
参加者のほとんどが男だったことを除けば。(工学の世界は、上に行けば行くほど女人禁制なのかと思うほど、男だらけになってくる。)
そんな中で、彼だけが初めから、僕にはクッキリと浮かび上がって見えたのだから、多分僕の一目惚れだったのだろう。恥ずかしい事に。
世の中で、一番派手な色は、黒だという。
彼は、それを見事に体現してくれていた。
あんなに、黒スーツが様になる、僕と推定同年代(彼は白人だし長身だったから、もっと大人に見えた)なんて居るのかと、僕は茫然と彼の姿を見つめてしまったのだった。
無礼にも、ほぼガン見してしまった僕を相手に、彼はふっ、と笑ったのだった。
な、何なんだよ、もう!ふっ…、とかって!!
いちいちクールでちょっと色香が漂う感じは、彼の天然なデフォルトなのだと後で知ったけれども、僕の心臓はものの見事に撃ち抜かれた。
……とか、僕ってどんだけ乙女な思考回路!?
彼から甘い眼差しで(これも天然であるらしい)その後何度もヤマトナデシコ呼わばりされても、否定する僕はどうも歯切れが悪かった。
「あんた、日本人だろ?」
「は、はいっ!」
「日本人もだいぶグローバルになってきたと思ってたんだけど。ウチみたいな金髪碧眼って珍しいか?」
……ウチ?
と、僕は首を傾げて、その会話が全部日本語だったことに驚いた。
「め…珍しいと言えば、珍しいような。世界的に」
「ああ。そう言えばそうだな。ウチのイタリアでも、金髪は少数派だ」
僕が思うに、黒の次に派手な色は、絶対に金だ。
なのに、黒スーツに綺麗な金の髪なんて、目立つのに決まっている。
どっかの国の王子なんじゃないか、みたいな上品さを纏いつつ、首筋にはやっぱり黒で不思議な形のタトゥー。それが、ちょっとワルな感じで一層格好いい。
……とか。あああああ!!しっかりしろ、僕!!!
「それともウチ、見蕩れるほど男前か?」
「…………………………………」
僕は、10秒の沈黙の後に、ミネラルウォーターを口から噴射した。
とっさに顔を背けたから、誰にもかからなかったのがせめてもの幸いだった。
「冗談だ。あんた、何だかさっきから、具合悪そうにしてたし、料理全然食べてないし」
冗談にして貰えて、助かった。
っていうか、バレなくて良かったってホッとするくらい、僕はしっかり見蕩れてた訳!?(ぐらん)
「何で、口が日本庭園の池の鯉みたいになってるんだ?具合悪いなら、ウチ宿舎まで送ってってやるよ」
「あ…ありがとう。でも、大丈夫だよ。僕が緊張するとお腹が痛くなるのって、いつもだし」
「たまにじゃなくて、いつもの方が苦しくないか?」
「…へ?…ひゃ、あ、ぁ!?」
何だか、華麗すぎる感じにお姫様抱っこされて、僕と彼は退場した。名前は、途中で教えて貰った。
「ああ、すまないヤマトナデシコ正一。名乗ってなかったな。ウチはイタリアのスパナ」
ずがーん、と僕は落雷した気分になった。
「や…大和撫子じゃないから!!君って、それだけ日本語が上手なのに、大和撫子は女性限定とか、学ランは男の制服とか知らないのかい!?」
「……そう言われてみれば、そうだな」
スパナは、小首を傾げた。
「男は黙って学ラン、女は清純可憐にセーラー服だよな」
「間違ってないけど、その認識は偏ってるから!!女子の制服も、今はブレザーが主流で、セーラー服は大和撫子並みに絶滅危惧種だからぁぁぁ!!」
制服が気に入ったから♪って高校を選んだ癖に、姉さんがセーラー服なんて夏暑くて冬寒いばっかりだと文句を言っていたから、あまり機能的じゃないのかも知れない。
「それは分かった。正一は、実は男なんだな」
「実はじゃなくて、元々そうだし、隠してないから!!」
「すまない。ウチ勝手に、正一ってちっちゃくて細っこくて可愛いから、女の子だと思ってた」
……15年生きてきて、自分の性別が男なのが悲しいとか、真面目に考えてしまった僕は、何だかもう色々終わってると思う。
「そんなに、泣きそうな顔するほど、お腹痛い?ウチ、正一とはオトモダチから始めたいから、あまり緊張されると凹む」
「ご…ごめん。お腹は、もうそんなに痛くないよ……」
別に嘘を吐いた訳じゃない。
代わりに、どきどきと心臓が落ち着きを無くしていた僕は、スパナの腕の中でそれを知られたくないって気を取られていたから。いつの間にか、お腹が痛いのなんて忘れていたんだ。
……これっきりに、なるんだと思っていた。
でも、大会が始まってみたら、僕とスパナは、お互いに優れたメカニックだと認め合うようになっていた。
決勝も、日本対イタリアというカード。
スパナは負けたのに、清々しく笑って、
「やっぱり、正一の采配は Exiting でgr8だ。最高のライバルで、最高の友達だと思っていいか?来年も、絶対にこの大会で会いたい」
それこそ、最高級の讃辞だったのに。
握手に応じる為に、初めてスパナと手を握り会った僕は、最高のライバルで、最高の友達……っていう言葉に、ズキンと胸が痛くて、泣かないようにするのが精一杯だったんだ。
僕の気持ちは、友達じゃなかったから。
「I want to be me appropriate for your best rival.」(僕は、君の最高のライバルに相応しい自分でいたいと思うよ)
それでも精一杯笑って、こんな返事を返した僕は、嘘吐きだけど。
ほかに、どんな言葉を選べば良かったというのだろう?
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[図書室43]
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