08

まあ、ウチの予想の範囲内だけど、正一が誤作動をし始めた。

引っ越すのが面倒なだけだろとか、ウチが余計なことを言った、その2日後の朝に、何年ぶりだ?くらいにウチと同じ時間に起きた正一に、捕まった。

「スパナは謝るなって言ったけど……ごめん。僕が、謝りたいんだ」
「謝って、どうするんだ?」

ウチ、適当に聞き流しておけばいいのに、まだ好きな子イジメしたくなる程度には、正一のことを愛してるんだろうか。

「スパナと、…今までの事とこれからの事、ちゃんとふたりで……話し合う時間が、欲しいんだ」
「ウチは、無駄なことはしない主義だ」

合理的に振る舞うほど、ウチは案外冷たい奴だと他人に思われるらしい。
正一が、脅えたような瞳で言葉を詰まらせたのも、きっとウチが冷たい奴な所為。

「確かに、言葉にしなきゃ伝わらないことは多いよ。でも、言葉よりも雄弁なのは行動だ。……正一が、ウチとの暮らしよりも、研究生活に生きがいを見出して、充実していたのなら、正一は何も悪いことをしていない。ウチとの恋愛が終わったのは、……ただ、大切にしたいものも、選びたい道もウチらは違ったんだって、それだけの事だ」
「……っ、終わった、って……」

正一が、茫然とした表情で、こぼれるように呟いた。
「スパナは……もう、僕を、嫌いになった……?」

正一が、先に冷めたんだろ。…とは、ウチは言わなかった。
「博士号取るまでは日本に居る。……それまでは、外でそういうことにしてたみたいに、トモダチでいてやるよ」

誰かに、お前らホント仲いいな、って言われる度に、ウチは嬉しかったのに、正一はバレやしないかって緊張した顔をしてた。
だから、嘘吐くのなんか、ウチはもう慣れてるよ。6年、<高校以来のライバルで友達>っていう肩書きを、ウチは守り通してやったんだから。

「イタリアに……、帰るのかい?」
「イタリアは、失業者で溢れかえってるから、帰っても仕方がない。アメリカ辺りなら、ウチの技術を高く売りつけてやれるかもな。……日本からは出て行く。ウチは日本は好きだけど、来たのは恋人と一緒に居たかったって、それだけの不純な動機だから」

ウチがさっさと着替えと洗面を終えて、朝食を作り始めると、まだブルーのパジャマの正一が、「僕も手伝いたい」とか、泣きそうな顔で言い出した。

「身支度するのが先だろ。……それに、6年前よりもウチ遅起きだ。正一が苦手な手伝いに入るよりも、ウチひとりでやった方が速い」

ウチ、足手纏いって言ったのも同然で。朝食を作り終えてダイニングに並べる頃には、正一の身支度は終わってたけど、目のふちが赤くなってた。
……ウチが、泣かせたらしい。

正一は、なかなか食が進まないみたいで、だからウチは、「無理して食べることないから、残りは捨てとけ」って言って、先に大学に出掛けた。
だって、それも慣れてるから、いいんだ。正一の為に作った料理がゴミになることなんて。
食べ物にはゴメンナサイで、食費が勿体なかっただけで。

もう、正一はウチと関わるのを諦めると思ったのに。
次の日起きたら既に、何だか、<朝食みたいなモノ>が出来上がっていた……

「……元が、食材だった、っていうのは、ウチにも理解出来る」
「ご…ごめん。調味料はレシピ通りだから、見かけはグチャグチャだけど、目を瞑って食べれば、味的には案外大丈夫だと思う……」
「目を瞑ってたら、箸を鼻の穴に突っ込むんじゃないのか?」

今からウチが別の料理作るんじゃイヤミだし、仕方無く、ウチは正一と一緒にいただきますした。
……確かに、味は見かけほど悪くない。まあ、焦げとか生煮えとか、どーやったらこうなるんだ?という謎は残ったけど。

「案外美味しかった。ごちそうさま」
ウチがそう言って、食器を片付けようとすると、正一が本当に安心したように、ふわっと笑った。

ウチは、一瞬、とても懐かしくて……胸が苦しくなるような追憶に、動作が止まった。
正一の、こんな笑顔を見たのは、……何年前だ?
ウチが好きになった、まだあどけなかった高校生の頃の面影をそのままに。

……ダメだ。正一、こんなの。
未練は、愛とは違うよ。だって、過去に囚われているだけの未練は、決して未来を築けないんだから。

6年一緒に暮らした、8年恋人同士だった、その年月は確かに長くて、正一がウチに愛着を持っているのは事実なんだろう。
ウチを失うという変化を目の前に現実として突き付けられて、動揺したんだろう。

いつだって、去って行く者は、事実以上に美しく見える。
置いて行かれる者は、ただ惨めだ。

でも正一、それは錯覚なんだ。
ウチは、ずっと一緒に居ようって、ずっと幸せで居ようって、その誓いを正一が忘れてしまう程度の存在でしかない……それが、現実だよ。

だから、何も怖がらないで、正一。
ウチを失った後、正一は少しだけ泣いて、でも、その後はスッキリして、目の前に新しい自由と新しい可能性が、開けているのを知るんだ。

ウチは、そんなことは、今説明しても仕方がないと思ったから黙っていて。
正一が夜型の生活をやめて、ウチより1時間早く起きて朝食を作って、ウチは後から弁当を作るっていう、奇妙な生活が続いた。

夕食もどっちか早く帰った方が作って、土日も自主的に研究に出ていた正一は、それをやめて、家の中を綺麗に掃除したり、溜まった洗濯物を洗ったり、何だかむやみに家事を頑張っていた。

「正一これ、分けて洗わないと、思いきりほかの服に色移り……あと、こっちはネットに入れて中性洗剤でドライモードにしないと型崩れする」
「ご…ごめんっ!!」

被害、甚大……
全く、6年ずっと苦手なまんまだったんだから、無理しなくたっていいのに。

でも、あんまり頑張ってるから、久しぶりにおやつにホットケーキ焼いて、ちょっと贅沢目に、正一の好きなブルーマウンテンを淹れてやった。
ウチは、意地でも緑茶だけど。

「正一、おやつ食べるか?コーヒーもあるけど」

呼んでも返事が無いから、どうしたのかと思ったら、正一は、チャブダイのある畳スペースで、転がってすぅすぅと寝息を立てていた。

……ずっと、何年も夜型だった癖に。
先に、正一の方がウチに冷めた癖に。

なのに、ウチがもう恋人じゃないし、恋は終わったんだって言ったら、失いたくないんだって、一所懸命にウチを追い掛けようとして。

得意で大好きな研究のペースを落として、代わりの時間をこのアパートで過ごす時間に充てて。
苦手な家事に、けなげすぎて可哀想なくらいに毎日チャレンジして。

「こんなの……反則だろ、正一」
ウチは、眠っている正一を布団の上に運んでやると、……こんなことは、もうウチはしちゃダメなのにって思いながら、正一の唇に、ウチの唇をそっと重ねた。

「別れても……ウチだけが、正一を好きなまんまに……なるだろ。ばか」

ううん。そんなことは。
もう、出会った時から、決まっていたんだ。

恋に慣れていない正一が、ウチに強引に口説かれ続けて、ドキドキしてしまって、恋に恋をして一時的にウチの手に落ちてくれただけ。
妖精のイタズラみたいに、綺麗で儚い夢を、ウチに見せてくれただけ。

ウチだけが、一生分の恋をしてたんだ。



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