01

ウチは、幸せだった。

……過去形、なのかな。
ウチが、贅沢になっただけなのかな。

遠距離恋愛だった高校の時には、ウチも日本に行ければ幸せになれるのに…って焦がれるように思ってた。
ウチが日本の大学に入る為に猛勉強している間は、正一と同じ大学に通える、それだけで幸せなんだって。

ウチ、本気でそう思っていたんだ。

思えば、もう、ウチが正一を好きになって、9年になるんだな。
だって、初めて会った時、正一は日本の高校1年生で、ウチはイタリアの高校2年生で、制度は違うけど同い年。

15歳で、当時は小柄だった正一は、本当に可愛くって、ウチはハートのど真ん中を撃ち抜かれる感じにヒトメボレ。
で、イギリス生まれでもイタリア育ちのイタリア男なウチはとしては当然に、もう感激のあまりに公衆の面前で、めっちゃ正一を口説きまくった。

……後になって、男子トイレから出てきた正一とバッタリ出会って、どーしてか正一の方からSorry!!!(ごめん!!!)って謝られて逃げられた。
それでもウチは追い掛けて、日本人みたいに負けじとSorryを連発しまくったけど。(つまりウチ、小柄で可愛い正一のこと、女の子だと思って口説いてた)

別にウチ、ゲイでもバイでもないと思ってたんだけど、男でも何でも可愛いものは可愛いんだし、運命の恋だ愛してる!!って再度口説きまくった。
ロボット大会が終わってからも毎日メール送って、正一好きだ好きだ好きだ愛してる、って言い続けて、とうとう次の年のロボット大会で、恥ずかしそうな正一から、ちっちゃな声で

(…僕も、スパナのこと…好きになってたんだ。なかなか、伝えられなくて、ごめん…)

そう言って貰えたのが、多分ウチの人生で、2番目に幸せだった瞬間。

ちなみに1番目は、正一が進学するって言った、日本でも最難関の部類の大学に、猛勉強して合格して……ウチが憧れ続けた日本で、正一とアパートをシェアすることになったとき。

まだ、引っ越しの片付けも途中の部屋で、正一があの、はにかんだ笑顔で、
「これから……よろしくね、スパナ。ずっと……」
そう言ってくれて。

ウチは、<ずっと>っていう、正一がくれた素朴な日本語に、速攻でハグして正一の柔らかい唇を奪ってしまうくらいに、感激したんだ。
Foreverよりも、Eternityよりも不確かではあるけれど、<ずっと>の方が、ウチと本当に、これからいつまでも一緒に居たいんだって、そう想ってくれている正一の心が、そのまんまに篭もっているような気がして。

日本では、男同士の関係は何処までも後ろめたいモノっていう位置づけな以上、シャイな上に繊細で常識人の正一は、外ではウチのことは親友とでも呼んで誤魔化すんだろう。
ウチも、正一を守ってやる為に、本当は切ない心を押し隠してでも、友達だって嘘をつき続けるんだろう。

それでも、そんな日本に生まれ育った正一が、ウチをたったひとりの恋人に選んでくれて、一緒に暮らしたいって言ったウチのワガママを聞いてくれて、同棲することを決心してくれたのには、本当に勇気が必要だったはずなんだ。

家意識の強い日本の、正一という名前通りに、長男で跡継ぎのはずの正一が、将来きれいな女のひとを花嫁さんに迎えることもなく、子供も作らない。両親の期待を裏切って心配をかけるのを承知で、こんなに若いうちから人生を決めてしまうのに、何も苦しまなかったはずがないんだ。

ウチは、こんなにも自分は正一に愛して貰ってたんだって、正一のオトウサンオカアサン、ゴメンナサイって思いながら、世界で一番幸福だった。

……あれはもう、6年も前の記憶。
これからウチ、何年生きるのかわからないけれど、多分それが、ウチの人生で一番幸せだった瞬間になるんだと思う。

これ以上の幸せなんか、ウチにはもう訪れないんだ。
だって、ウチはもう、一生分の恋を正一にしてしまったから。この恋も愛も終わってしまっても、次の恋はもうしない。

恋をするのは、ひとを好きになるのは、愛するのは。こんなに哀しくて、寂しいことだったんだって、二度も思い知らされるのはイヤだ。

……ウチはまだ、正一を愛してるのかな。
正直、自分も自分の心を見失って、分からなくなっているウチが居る。

好きだったんだ。…愛していたんだ。幸せ、だったんだ。
……全部、過去形でしか言えないのか?ウチ。

もう、いつからウチは口にしていない?

(I love you, Shoichi.)

……でも、正一が言ってくれなくなった、そっちの方が、もっとずっと前だ。

(I love you, Spanner.)

すれ違い始めたのは、大学4年の時からだと思う。……つまり、卒論に取り組む時期。
ウチは、正一と共同研究をするのが夢だったんだけど、卒論は当然に違うひとの指導下について、違う研究をしなきゃいけないから。

同じ研究室には居たから、当然顔を合わせる機会は多いし、選択している授業もかなり被ってたけど、異なる忙しさを抱えたウチ達は、あの頃から少しずつ、離ればなれになっていったような気がする。

興味関心と話題のズレは、ウチが「それでもウチと正一なら大丈夫なんだ」って信じていた心を、簡単に不安に陥れた。
ウチも正一も、自分の熱中することに限って多弁になれるタイプ。つまりどっちも、そんなに会話上手じゃない。

会話がぎこちなく噛み合わないまま、真面目な正一の研究は、深夜にまで根を詰めることが多くて、生活時間帯もどんどんずれていった。
ウチは好きなことをマイペースでやる、っていうスタイルだから、正一みたいに徹夜で研究をぶっ通したりなんかしない。

以前は登校するのも下校するのも、いつも一緒だったのに。
ウチはひとりでアパートに帰って、ふたり分の食事を作って待った。

正一はどうせ、研究に集中したい時にはケータイの電源を切っているから、夕食いるか?とか、電話もメールもするだけ無駄で。

ウチは、すっかり冷めてしまった食事にラップをかけて冷蔵庫に仕舞った。……明日の朝、自分が食べるつもりで。
だって、正一には、出来たてのあったかい朝食を作って食べさせてあげたいから。

ウチは、起きる時間も寝る時間も規則正しくするのがポリシーだから、ふたり分の布団を畳の上に敷いて、からっぽのもうひとつの布団の方は見ないように、横向きになって体を丸めて眠りに就いた。

早く、帰ってきて、帰ってきて、帰ってきて……正一。

そうして翌朝、隣でぐっすり眠っている正一を見つけると、ウチは何だか泣き出したいような気持ちで、ホッとしていたんだ。
だって、そうじゃない朝も有ったから。

目が覚めても、正一の布団は空っぽで。

ウチは茫然と、……ウチは、ひとりぼっちなんだって、そう思い知られた。

だって、正一には、実家に血の繋がった家族が待っていてくれるんだし、中高時代の友達のネットワークだって有るのに。
身内を早くに亡くして、生まれたイギリスも、育ったイタリアも捨てて、正一だけを選んで、正一の愛だけを信じて日本に来たウチには……

本当に、誰も居ないんだ。正一以外には、誰も……

[ 70/99 ]

[*prev] [next#]
[図書室27]
[しおりを挟む]


×
「#切ない」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -