01
初めて見た時、なんてちっぽけな女だと思った。
日本人にしては色素が薄いようで、ライトブラウンの髪と、同じ色の瞳と、白い肌。それだけが、何代か前に、確かにイタリア人の血が混じっている、その証のように。
でも、それだけだ。
あどけない顔立ちも、華奢な小柄な体も、……何だこの女は。小学生か。
ちっぽけで、幼稚な癖に。
敗北し、血を吐いて倒れ伏すザンザスを見つめるその瞳は、まるで聖母のようだった。
慈愛と、悲しみとが揺れる瞳。
十字架にかけられたイエス・キリストの下に立ち尽くしていたという、マリアのように。
イエス・キリストとかいう大工は、死後に復活する程度に神の子だったらしいが、聖母と呼ばれるマリアは、ただの人間の女だった。
そう言えば、夫・ヨセフとはまだ婚約者であり清い間柄であったはずの頃、処女受胎とやらで身篭もった時、マリアはまだ10代半ばの、ほんの少女だったのだという。
沢田綱吉もまた、14歳の、他愛ない、ちっぽけな子供のような女だった。
……否、本当に子供だったのだろう。
ザンザスは、そんな子供に敗北した自分が許せなかった。
子供のくせに、深い悲しみと共に、確かに慈愛の光を宿した瞳で、敗北した己を見つめていた、あの女が許せなかった。
いつか、殺してやる。
あの、慈愛の瞳が、絶望の瞳に変わる瞬間を見届けたなら。
……そう、自分でも本気で殺意を持ち続けていたのだと、思っていた。
過去形だ……と、ザンザスは、独り呟いた。
殺したいほどに、手に入れたかったのだ。
手に入れたいのに手に入らない、……だから己の手で殺したい、だなんて。
自分でも知らぬ間に、ずいぶんと狂った、しかし熱烈な……恋に落ちていたものだと、ザンザスは苦笑した。
そう、せいぜい、殺したい「ほどに」であったのだ。
手に入れたい。己だけのものにしたかった。それだけだ。
多分、誰に対してでも、何に対してでも、沢田綱吉という少女は、あの、慈しみ愛することしか知らない瞳を向けるのだろう。
……それが気に入らない、とザンザスは思った。
だから、ザンザスは綱吉を力ずくで犯し、監禁したのだ。
知らない。愛し方など。
愛された事も無いのに。
だからといって、自分が不幸だったなど、甘っちょろいことを言うつもりも無い。
たとえ、綱吉が自分を見つめるつぶらな瞳が、恐怖の感情しか浮かべなくなっても。
他人の手に渡るよりはずっといい。
愛さない。愛せない。
愛されない。愛される訳も無い。それでいい。
……だなどと、ずいぶんオレもグレたガキみたいな意地を張っていたものだ……と。
ザンザスは、つい3ヶ月前のことを、遠く思った。
「……愛している、綱吉。……だから、オレを置いて死ぬな」
お前を守る為なら、この命を賭けてやる。
だが、そう簡単に賭けてもやらねえ。
当面、死んでやるつもりなどない。
お前と、生きてやる。
だから、死ぬな。
生きて、オレの元に帰ってこい。
一生、離してやらねえ。
……だから、安心しろ、綱吉。
もう、泣くな。
〜A Little Mother〜
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[図書室27]
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