01

(スパナ…)

(スパナ…大丈夫だね…)
(君はここにいた方が安全だ)
(行ってくる……)

「白蘭…先生」
白蘭サン、と言いかけて、正一は言い換えた。

白蘭が正一の学校に赴任してきて約1ヶ月。
たまに白蘭がノーマルなのかゲイなのかバイなのか分からない謎の発言をしたり、むやみに正一を構いたがったり、静かにキレたスパナが発砲したり、モスカが教室にやって来たり、正一が気絶したり……

……はしていたが、概ね白蘭は良質の授業をしていたし、分かりやすいし楽しいと生徒の評判もよかったし、当初正一が想像したよりも、ずいぶんまともに英語教師を務めていた。

「やあ。ちゃんと来てくれると思っていたよ、正チャン」
「……その、正チャンって言うのやめてくれませんか?」

正一は、はあと溜め息を吐いた。
「だいたい、先生にチャン付けされてるの、僕だけじゃないですか。僕をどーしても正チャンと呼びたいんだったら、クラス全員チャン付けにして下さい」

白蘭は、可笑しそうに笑った。
「でも、僕たちの過去は消えないでしょ?今更、一から知らない人間同士として、先生と生徒としてやり直す方が、不自然なんじゃないかなあ」
「……過去じゃなくて、未来ですよ。……それも、もう存在しないはずの、決してもう訪れることのない、未来」

ユニが命をかけて導いた結末は、白蘭の死ではなく、<消失>だった。
全ては、<無かったこと>になった。

そして、マーレリングの力が封じられている今、白蘭も正一も、二度と同じ未来を紡ぐことは出来ない。

「じゃー、<記憶は消えない>でどう?」
屋上の柵に持たれた白蘭の白銀の髪を、もうだいぶ涼しくなってきた秋の風が揺らし、正一は言葉に詰まった。

「正チャンだって、自己紹介の時間に、言ってくれたじゃない?」

白蘭は、英語が得意な正一よりも、更に洗練された発音で、正一の言葉を再現した。

「I'm still your friend. Even if you don't think so.」(僕は今でも、貴方の友人です。例え貴方がそう思ってくれなくても)

……こうも言ってくれたよね?と、白蘭は目を細めてにこりと笑う。

「You live in this world, and I am glad.」(貴方がこの世界で生きていてくれてよかった)

正一は、言わなければ良かったのだろうかと思ったけれども、やはりいつかは、伝えずには居られなかったのだとも思った。

「ほらね?記憶は消えない。未来だろうと過去だろうと、正チャンと僕が共有したものは、何ひとつ消えやしないんだよ」
「……それで、僕に話が有るって言うのは、何の事ですか。手短にお願いします」

いつも正一に嬉しそうにまとわりついて離れないスパナを、どうにかこうにか巻いて、白蘭にこっそり手渡されたメモの伝言どおり、屋上を目指したのだ。

「うーん、僕としては、単に正チャンと一緒に居たかっただけなんだけどね。……ホラ、楽しかったじゃない?大学時代」
「……そうですね。楽しかった。<チョイス>なんてゲーム、作らなければよかったって、最大限に後悔しましたけどね」

一緒に居るだけで、楽しかった。
大学でも同じ研究室だったし、寮に帰ってからも、いつも正一か白蘭の部屋に居た。

いつも、正一の隣で笑っていたのは、……あの頃は、スパナではなく、確かに白蘭という親友だった。


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