ヤトくんとミツオカさん
私のクラスに一人、とても気になる男の子がいる。
恋愛という意味において好きかと聞かれると、よく分からない。でも、「存在」が、とても気になるんだ。
彼と同じクラスになったのは、二年生になってから。去年は違うクラスだったのだから当たり前かもしれないけれど、初めて会った瞬間に、「こんな子この学校にいたかな?」と思ってしまった。
影が薄いというわけでもなく、けれど決して自己主張が激しいわけでもない。目立たず、目立たな過ぎず。誰かの記憶にはっきりと残ることも望まず、でも誰かの記憶の片隅にはひっそりと残ることを望んでいるような、そんな存在感。
色素の薄い茶色の髪に、鋭そうな切れ長の一重の目。学校指定のセーターは少し大きめのものを着ているようで、男子のだぼっとしたセーターの着方が好きな私としては、そこにたまらなく「萌え」を感じてしまうわけなんだけど。
朝の7時半。静かな教室にはいつも、私と彼しかいない。
私は、前日に借りた図書室の本を読みきるためのラストスパートのために。
彼――弥人(やと)くんは、学校に来るためのちょうど良いバスがないのと、朝の教室が好きだからだと、いつだったか教えてくれた。
だからと言って、私と弥人くんの間にたくさんの会話が生まれているのかというと、そうでもない。
私は、本を読んでいる。
弥人くんは、ぼんやりと窓の外を眠そうな表情で眺めている。
そうしている内に、一人二人と登校してきて、教室は一気にざわめき出す。
一学期当初にあった、私と弥人くんが付き合ってるんじゃないかという他愛ない噂も、いつの間にやら消えていた。私と彼の間には、いつも一定の距離があるから。

冬休みまであと数日となった朝。弥人くんが誰かと話しているのが聞こえてきた。
園芸部が毎日丹精に手入れをしている花壇の隅で、ひそひそと話しこんでいる。

「だから、来るなと言うたであろう。なにゆえ、好きにさせてくれぬのだ」

「この百年、やりとうても我慢しておったのだ。少しくらい良いではないか」

時代劇に出てくる人のような話し方で弥人くんは茂みに話しかけている。

「弥人くん?」

私が声をかけると、びくりと肩を震わせた。
めったに見ない、焦ったような表情を浮かべている。

「満丘さん、おはよう」

切れ長の目を細めて、ふんわりと微笑んでくれたけれど、教室で見るのとはどこか違っている。

「何かいた?」

「……何も?」

そう答えた弥人くんの表情には、これ以上聞いてはいけないという威圧感があって、私は何も言えずに黙るしかなかった。

「寒いから、早く教室に行こう」

そう促す弥人くんの背後から、白い蛇が一匹チョロリと姿を現した。

「え!?」

と声を上げた次の瞬間には、蛇の姿はもうどこにもなかった。

「何か、いた?」

「な、何も」

私はぶんぶんと首を横に振る。
弥人くんの表情は、いつも教室で見るのと同じものに戻っていた。

「はい」

そうして、なぜか弥人くんは私にその大きな骨ばった手を差し出した。
いつもなら握り返したりしない。だけどその朝はどうしてか、弥人くんの手を握ってしまった。
弥人くんの手は、氷のように冷たかった。

「満丘さんはさ、ヘビって好き?」

唐突すぎるその問いかけに、私はそれはそれは無愛想に返した。
今思い返しても、他に言い方があったのではないかというくらいに。

「興味、ない」


それからの冬休みまでの数日、私と弥人くんの朝は変わらずに続いていたのだけど、弥人くんの表情はあの日以来どこか暗いものに変わってしまい、私は首を傾げるしかなかった。
弥人くんは、ヘビが好きなのだろうか。
ペットとして飼っている人もいると聞くし、個人の趣味嗜好に口を出す気は全くない。
だけど、私のあの一言で弥人くんの表情を曇らせてしまったのだとしたら、何だか胸の中にモヤモヤとしたものが溢れ出してくるのだ。
大掃除の間も、紅白歌合戦をみている時も、除夜の鐘を聞いた時も、頭の中に浮かぶのは弥人くんのことだった。
だから、少し遠いけれど、初詣にはヘビの神様を祀っているというこの神社にやってきたのだ。
今年の干支でもあるヘビの神様。お願いです。
弥人くんの表情がまた前みたいに戻りますように。
ふんわりと柔らかい笑顔を向けてくれますように。
今度彼にヘビの話を振られたら、もう少し気持ちをこめて返事をします。だからどうかまたいつもの弥人くんらしい顔を私に見せてください。
神様……!!



「今の女子、ずいぶん熱心にお参りしておりましたなあ」

「ふふ、あれはきっと恋の願いでございましょうよ」

「おや、ヤト様。急にお顔が赤くなっておりますがどうなされました」

社の奥で参拝客の様子を眺めていた蛇神の眷族たちは、主である蛇神の表情が急に変わったことに驚く。

「まさか体調でも崩されましたか?」

「だから人の世でダンシコウコウセイの振りなど体力を消耗するだけだとあれほど申し上げましたでしょう」

一番年嵩のものが、子どもを叱るようにそう言うのに、

「な、なんでもない!」

と強い語調で言い返す蛇神の鋭い切れ長の目元は、やはり朱に染まったままなのだった。




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20130102up
増岡さんからいただいた年賀状イラストからイメージしたSS。
蛇使いの男の子がすっっっごい好みで、ついつい書いてしまいました!
増岡さんありがとうございましたー。* ゚ + 。・゚・。・ヽ(*´∀`)ノ




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