壺珊瑚
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初めて、その感情を知ったのは――。


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穏やかな春の午後だった。色とりどりの花たちが深い緑の木々が、太陽の光を浴びていつもよりも輝いて見えるというのに、モエの顔には「退屈」の二文字がありありと浮かび上がっていた。
四六時中、片時も離れずに傍にいるわけではないが、モエが暇を持て余しているとどこからかやってきて隣にいるはずのセツは今日に限って姿を現さず、この広大な屋敷の主でモエたちの飼い主――であるとモエは思っている――おじさまと呼ばれる人物は朝早くに外出したまま、まだ戻らない。
一日の大半を屋敷の中で過ごすモエにとって、その2人がいないということは退屈以外の何物でもなかった。
屋敷の中にはもう一人、モエとセツが「ねえさま」と呼ぶ二人よりも数歳年上のサキという少女がいたが、モエの中にはサキと遊ぶという選択肢が無い。それは、おじさまがモエたちがサキに近づくのを好ましく思っていないということもあるが、それだけが理由では無かった。
そもそも、いくらおじさまがモエたちの飼い主であるとは言っても、モエが嫌だということを無理強いすることは無かったし、モエはモエで自身がそう思っていなければおじさまの言いつけであったとしても守らないことは何度となくあった。
モエが言いつけを破った時でもふんわりと柔らかく微笑めばおじさまは許してくれていたし、その奔放さをおじさまは愛していた。もちろんモエはそれを知っていたから、サキと一緒に過ごそうと思えばいつでもサキの部屋を訪なうことができた。
けれど、モエはそうはしなかった。
サキのことを考える時、必ず最初に浮かぶのは初めて対面した時のことだ。 
同じ日に屋敷の門をくぐったモエとセツを、おじさまは両手を広げて優しく迎えてくれた。そのおじさまの背中に隠れたまま、なかなか二人に顔を見せようとしなかった少女がサキだった。モエのサキに対する第一印象は、着ている派手な紅い着物とは正反対の大人しく地味なものだった。無理矢理おじさまが背中からサキを引き出して二人と対面させたが、サキは始終俯いたままで、その顔をよくよく見ることは叶わなかった。
その時から、モエはサキに対してどこかしら壁を感じていたのかもしれない。
あれから数年経った今でも、サキの建てた壁を崩すことはできないでいる。けれど、モエはサキが自分たちには見せない特別な表情をおじさまに向けているのを知っていた。信頼と尊敬と愛情、それらすべてがないまぜになったような表情を向けているのを――。
だからか、モエはサキに近寄ることが出来なかった。
おじさまとモエは別なのだと、「特別」の枠には当てはまらないのだと、サキの壁の内側には入り込めないのだと明確に思い知らされるのが怖かった。
必ずしも、サキの口から拒絶の言葉が紡がれるとは限らない。けれど、俯いた下にあるサキの微笑が第一印象とは正反対であると知ってしまった今、その顔が曇るのをモエは決して見たくは無かった。

 

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