雪花〜honey bloosam〜
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君の指先にくちづけを。
甘い蜜の滴るその指に。
真っ赤な蜜の滴るその指先に。
愛を込めて、くちづけを贈ろう――。

****

青年は白い花びらをむしり取っては、一枚一枚、部屋の中にひらひらと蝶々のように舞い散らせる。空中でしばらく漂っていた後、急速に命を失ったかのように花びらは床へと落ちた。

一体どれくらいの花びらをむしり取ったのだろう。橙色の光がうっすらと灯る部屋は、一面、白い花びらで埋め尽くされていた。

青年は花びらで埋め尽くされた床を抱きしめるかのように、部屋の中央で両手を広げて横たわった。青年の重みに、白い花びらがぶわりと舞う。

部屋の隅には、安楽椅子に腰掛けた一人の女性。ゆらゆら揺れる安楽椅子が女性の長く黒い髪を、白いスカートの裾を、ふわりひらりと遊ばせる。
青年は、うつ伏せていた顔を上げると視線を横へとずらした。
体の中の青も赤も全てを透かしてしまうほどに白い足が、視界の中に入ってくる。

青年はゆっくりと爪先に手を伸ばすと、形の良い親指をそっと撫ぜた。
陶磁器や硝子の器に触れるように、慎重に。それでいて、熱を込めて。

ひんやりと冷たい爪先は、ほてっている青年の指先を、心の奥底にある熱情を溶かし込んでいくようだった。

女性の爪は、綺麗に光沢がかかっている。
触ると滑らかで、愛用している磁器のカップを思わせた。夜毎、青年が丁寧に丁寧に手入れをしているからこそ、この滑らかさを手に入れたのである。青年は、親指の爪から人差し指の爪と、一本一本を丁寧に熱心に撫でる。
女性の爪先が愛しいのか憎んでいるのか分からないほどの執拗さで、撫で続ける。

左足の爪先を撫で終わると、右足の爪先へ。
そして、親指の先から爪、人差し指へと移っていく。

無表情だった青年の顔には、次第に恍惚とした表情が浮かべられていった。
歪められる口元。
低く漏れる笑い声。

けれど、女性はそれに身じろぎ一つすることなく、青年の愛撫を受け入れている。
青年は起き上がり、白い花びらを踏みつけると女性の傍らに立った。
女性は瞳を伏せたままで、青年を見つめようとはしない。しなやかに伸びる細い腕を、肩から指先まで撫でると、青年はその腕をエスコートするように持ち上げ、薬指に銀色の指輪が光る手の甲に熱いくちづけを落とした。
そうして、口元から真っ赤な舌を覗かせると、指先に這わせる。

女性の指先を口に含むと、強く吸い付いた。舌先で味わう指先は、甘い。
それだけでは満足出来ずに、青年は前歯に力を込め、堅い爪を齧る。
ぷつりと、皮膚が裂ける音が聞こえたような気がした。
そして、口の中に広がるのはとろけるような甘さ。
先ほどの指先とは比べ物にならないくらいに甘い、それは――蜜。

青年は、口元から指先を外すと、滴る蜜を白い花びらの上に落とした。
ぽたり、ぽたりと赤い斑点が花びらの上にいくつか出来る。
蜜は、花びらにゆっくりと染み込み、白をうっすらと赤く染める。
目を細めてしばらくそれを眺めていた青年だったが、満足出来なかったのか、もう一度女性の指先を口に含んだ。

今度は、奥歯で指先に齧りつく。堅い爪が邪魔をして、蜜が口の中に広がるのを阻む。
青年は、蜜が味わえなかったことに苛立ちを隠しきれずに床の花びらを蹴飛ばした。
白い花びらが数枚、舞った。

花びらの行方を見つめていた青年は、何を思ったのか突然女性の手のひらに自分の手のひらを重ね合わせた。
そして、自分の爪を女性の爪の間に食い込ませると、引っ張り上げた。

だが、それはなかなか上手くいかず、カッカッと短い音を立てるだけで終わる。青年は、何度も何度も、同じことを繰り返す。

次第に、綺麗に整えられていたはずの女性の爪はでこぼこと割れてきていた。あんなにも、夜毎丁寧に丁寧に整えていたというのに、その執着はどこへ消えてしまったのか、青年は女性の爪を剥がすことだけに執拗になっている。

何度、その行為が繰り返されただろう。
柔らかく白い指先には、無数の引っかき傷が出来ていた。青年は、荒い息をつきながら、指先にさらに力を込めた。それまでが嘘だったかのように、呆気なく女性の指先から爪が剥がれた。
赤い蜜の玉が白い指先に浮き上がり、広がっていく。
そしてそれは、床へと滴り落ちていく。

白い花びらが、朱に染まり、赤になり、紅へと変わっていく。


青年は、その様子を見て満足気に笑みを浮かべた。
そうして、手の甲にくちづけると、指先の蜜に舌を這わせ舐め取った。
甘い味が、とろけるような甘さが、口の中いっぱいに広がっていく。
青年は再び低い笑い声を上げると、白い花びらの上に仰向けに倒れた。
青年の重みで花びらが舞い上がり、まるで雪のようにひらりひらりと落ちてくる。

白い花びらの雪は、青年の身体に、女性の身体にも降り積もる。

甘い蜜のむせ返るような香りと白い花びらと、青年の笑い声が部屋中を満たしていく。
橙色の淡い光を見つめていた青年は、微動だにすることなく指先から赤い蜜を滴らせる女性を見つめると呟いた。



「――君は、僕だけのものだ」





〈了〉

 

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