指定されたネーヴェという町は、ミラノから北へ二時間、スイスとの国境に近い小さな町だった。雪国装甲のグランドチェロキーで、山本と獄寺は町への唯一の道を辿り峠を越えていた。
 パタータファミリーは同盟ファミリーの中では中堅どころだ。今回の依頼主であるドン・パタータことパウロは、綱吉より十ほど年上だが渡伊間もない頃から懇意にしてくれていた。
「人口は約六千人。特産物は豊富な木材を生かした木製家具、だそうだ」
「でもこんな大事なこと、なんでパウロは自分の部下じゃなくてわざわざツナに依頼したんだろうな?パウロの腹心ていや確か」
「知らねえよ。それより前見て運転しろ。雪で凍ったカーブだらけの山道だぜ。スリップしたらシャレになんねえ」
「だな。守護者二人がこんなとこで心中なんてなったら……」
 獄寺に大袈裟に溜息をつかれて山本は閉口した。
 今のは洒落にならなかったらしい。
 獄寺のベッドで目覚めてそのまま部屋を追い出されたあの朝から一週間。兎に角獄寺からは避けられ続け、殆ど口を聞いてもらえていない。
 機嫌の悪さと相まって、山本との間に何らかの軋轢があるらしいことは、たちどころに綱吉も知るところとなった。
 表向きは単なる出張であるこの任務だが、流石に詳しい事情には踏み込めない綱吉も、いいから仲直りしてきなさいという意図があって組んだことだろう。
「パウロの話だと」
 ここまで任務の話か移動などに関する事務的なことしか伝達してこない獄寺が口を開く。
「その愛人とやらと関係があったのは十二年前に一度きり。息子の存在を知ったのも、つい去年のことらしい」
「なんだ、愛人って言ってもずっと続いてた訳じゃないんだ」
「そうだな……だがそれでも、一ファミリーのボスとのコネクションともなると、こんな田舎住まいでも邪魔になるって考える連中がいるってことだろうな」
 前を見ていろと言われているので、山本はハンドルを握ったまま考え込む。助手席の獄寺が笑う気配がした。
「おいおい簡単なことだろ。要は『ボスの隠し子』の存在が都合悪いのはどんな連中かってことだよ」
「あ……そうか。つまり、内部抗争の火種ってことか」




 町へ入ると下校時間に当たったらしく、はしゃぎながら駆け
ていく子供たちとすれ違った。
「運がいいな。早速おいでなすったぜ」
「え?」
 徐行運転している山本に獄寺が懐から取り出した写真を手渡
す。
「……成程?」
 そこに写っている少年と女性の、少年の方がまさしく正面から歩いてくるところだった。
 獄寺に指示されるままに路肩に停車した山本は、降りようとしたところで腕を引かれた。
「行かなくていいのか?」
「ああ、いきなり接触する訳にいかないし、現地の情報が殆どない以上はしばらく様子見だ」
 できるならば、極力ファミリーの存在や自分達が狙われていることを本人たちには知らせないでほしいというのが、パウロたっての願いだった。
 自分のせいで狙われているだなんて知ったら心証が悪いどころではないだろう、と獄寺は納得していた。
 勿論、隠すことで却って彼らがより危険に晒されるようであればその限りではない、という条件も綱吉は承諾させたのだが、できればそれは最終手段でありたい。
 とは言え、内密に護衛だなんてまだるっこしいことをしなくても安全な場所へ避難させて匿う方がよほど楽で確実だとも思っている。
 それをしない理由、そしてわざわざボンゴレに依頼してきた理由について獄寺は考える。
(ファミリーの中に信頼できる奴がいないってことか。そんなにヤバい状況なのか、パタータは)
 思案に暮れる間、無意識にだろうか獄寺は山本の腕を取ったままだった。
 邪魔をしないように山本は沈黙し、身動ぎ一つしないようにしていた。
 気付かれたら、きっとまた突き放されてしまう。
 あの夜のことを、必死でなかったことにしようとしているのかもしれないけれど、残念ながら獄寺のそうした言動は逆の方向へ作用していた。
 お互いに相当に酔っていた上での間違いだったと、一言言ってしまえばそれで済んだかもしれないのに。
 明言を避けるからこそ余計に、そこに特別な意味を持たせていいのかと探してしまう。
 一夜の過ちとして済ませてしまうには惜しい、甘い交わりだった。
 スーツ越しに触れ合う肩を今すぐにでもまた抱き寄せたい。
 その内側の熱い肌をもう一度暴きたい。
(参ったな)
 白昼堂々。任務遂行中。しかも相手は十年来の親友(少なくとも山本はそう思っている)。
 秘かにそんな衝動と闘っているのが自分でも可笑しかった。
 ほんの一週間前には、持ち得なかった感情なのに。
 否、本当にそうと言えるだろうか……?
「おいっ!」
 掴んだままの腕を揺さぶられて、山本はハッと我に返る。
 慌ててサイドガラス越しに外の様子を見遣れば。
 あの少年が数人の黒スーツの男に囲まれ、何やら揉めている。
「任務中にボーッとしてんな。行くぞ!」
 獄寺が降りるのを追いかけるようにして、山本も運転席のドアを開ける。
 二人が立ちはだかった時には、少年は車に押し込まれようとしていた。
「何だ、お前たちは」
「ええっと。通りすがりの」
「一般ピープルだコラ!!」
「うわあああっ!?」
 答え終わるのと同時に獄寺が放った自動発火式のチビボムは、地面に落ちながら火花を散らす。
 瞬間強い熱と光を放つボムだが、周囲の雪氷の床を溶かしただけでその役目を終えた。
 だが、それこそが狙いだった。
 爆発が起きなかったことで彼らが油断しているところへ。
 山本が帯刀していた時雨金時が、閃く。
 時雨蒼燕流守式弐の型、逆巻く雨。
 雪解けの水飛沫が盛大に上がり、滝のように降り注ぐ。
 弾幕のようなそれらが晴れた時には、獄寺、山本、そしてあの少年は彼らの前から忽然と姿を消していた。
「おい、あいつらどこ行きやがった!?」
「一般人の仕業じゃねえぞ。一体何者なんだ!?」
 その頃獄寺達は既に車中の人であった。
「ぶっつけ本番にしてはうまくいったな、コンピプレイ雪国仕様!」
「浮かれてんじゃねえよ、あれは手段であって目的じゃねえ」
 獄寺は隙間を縫って少年を連れ出して後部座席に転がり込み、山本は納刀もそこそこに身を翻しながら運転席に飛び込んでそのまま発進していた。
「おい、いきなり悪かったな。怪我とかねえか?」
 獄寺は隣の少年に向き直ると、彼は一言叫んだ。
「下ろせよ」
「はあ?」
「下ろせって言ってんだよ!」
「おわっ!?」
 今度は叫びながら運転席に身を乗り出し、ハンドルを握る山本の腕に飛びついた。止む無く山本は急停止する。
 ドアから転がり出ようとする少年を、獄寺は努めて冷静に引き留めた。
「待てよ。あいつらが追ってきてるかもしれねえんだぞ」
「今助けてくれたからってあんたたちといて安全とは限らない!騙されるもんか、もううんざりだ!」
「………!」
 少年は獄寺と山本をそれぞれ睨みつけると、今度こそ体当たりするようにドアを開けた。
「おい、待てって……」
「ほっとけ」
 追いかけて車を降りようとする山本に獄寺が吐き捨てる。
 少年は疾風のように駆け出し、通りの奥の方で点になって見える。
「いいのかよ、折角見つけたのに」
「無理に深追いするな。余計嫌われるぞ」
 獄寺は腰のベルトから匣を一つ取り外し、左中指の指輪と組み合わせる。
「出てこい、瓜」
 最小限の炎を灯し、獄寺は相棒を呼び出した。
「あの少年を追え。真っ直ぐ家に帰るならそれでよし、出かけたり異変があるようなら知らせろ」
 赤い斑模様の嵐猫はにょおおんと高い声で鳴くと、長い尻尾を靡かせて雪道を駆け出した。
「どうすんだ、これから」
「……母親の方に会いに行く。それと情報収集が要るな」
 車出せ、と促されて、山本は運転席に戻った。
「ミラ・キャンティは調書によれば家具の小売のオフィスに勤めてる。……終業時刻までまだあるな。先にチェックインしとくか」
 てきぱきと指示を出す獄寺に一見扱き使われているような状況であるが、ここまでの行程の手配は全て獄寺が仕切ってきたし、助手席では今回の任務外の物と思しき難しげな資料と睨めっこしていた。
(本当に、仕事の鬼だよなあ)
 兎に角日頃からこなしている仕事の量が尋常ではない。
 綱吉が激務を命じている訳ではない。獄寺自身が次から次へと新しい案件を見つけてくるのだ。まるで自分の力量を誇示するかのように、大抵のことを一人で抱え込んでは完璧に遂行する。
 楽をするという意味でなく、自分や部下を頼ればいいのにと言ってもうるせえと一蹴される。
 それでも、十年前に比べれば幾らか丸くなったのだ。
 綱吉を除けばこのアジトで一番付き合いの長い山本だから言えることだ。
 甘えるとはいかないまでも、僅かな休息の時間に獄寺が覗かせる素に近い表情を、自分は見ることが許されている。




 あの夜も、そうだった。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -