【SIDE・S】
「佐藤」
名前を呼ばれるのは、三日振りくらいだろうか。
あれ以来不破からは成樹に接触してこないどころかどことなく避けられていた。
周囲からの指摘はなくとも、本人がそう感じるのだから仕方がない。
ああ、やっと腹を決めたのか。成樹は流水の向こうでそう思った。
「呼んだか?」
「……部活が終わったら」
「うん」
「もんじゃ焼きでもどうだ?」
「はっ?」
思わず成樹は拭くのもそこそこに顔を上げた。
「今日はそれなりに持ち合わせがある」
こんなに迷いのない不破は、本当に久し振りに見る気がする。
「ええの?」
「……お前こそ、いいのか?」
答えを、聞いてくれるのかという意味なのだろう、恐らくは。
「…………驕りやろ?行ったるわ」
対価があるならば動く。これまで通りの成樹のスタンスだ。
ただし、見合う結果が待っているかどうかという確証はない。
少なくとも、今の時点ではどちらにも。
立ち上る湯気が鉄板の焦げ付く匂いを運ぶ。
「ええ匂―い。シゲキカンゲキ」
へらでもんじゃを浚っては口に運ぶ成樹は上機嫌だ。
不破はぐつぐつと煮え立つような茶色い生地の表面と睨めっこしている。
「これで完成なのか?」
「卵だって半熟とよう焼いたのとあるやろ、多分それと同じや」
ぼけっとしてると食ってまうで、と成樹は不破にへらを渡してやる。
不破は見様見真似で鉄板からもんじゃをこそぎ取って口に入れる。
「成程?」
食事なのに考察中、の不破の顔になっているなと成樹は思う。
「不破、もしかしてもんじゃ初体験?」
「そういうことになるな」
「はあ……それでよう人を誘ったな」
「お前はこれが好きだと聞いたのだが」
「………!?」
別に機密事項でも何でもないが不破がそんな気を回してくるとは思わなくて動揺した。
思わず掬ったもんじゃの量が多かったらしく、舌に乗せたそれを冷まし切れずに成樹は「熱っ」と悲鳴を上げた。
「火傷したか?」
「や、大したことあらへんけど……」
心なしかなざらつくような感覚の残る舌を、成樹はべーっと出した。
すると不破はまるで観察するようにじっと眺めてくるものだから急に居た堪れなくなって、成樹は舌を引っ込めて大声で店員を呼んだ。
「おばちゃん飲み物おかわり!コーラ……じゃなくて烏龍茶にしたって!」
土曜の遅めの昼食を終えたところで、日差しはまだたっぷり残っていた。
別れ損ねた不破が、後をついてくる。そんな居心地の悪さを成樹は感じていた。
(怖いんか?今更やろ?)
覚悟を決めて、振り返る。
さっさとケリをつけないと。
ずるずると引き摺るのは、お互いのためにもよくない。
「不破せ……」
「舌は大丈夫か?」
だが出鼻を挫かれてしまう。
もんじゃ焼き屋で終盤無言になってしまった成樹は、舌を庇っているのだとでも思ったのだろうか。
「別に、あんなの大したことあらへん」
「そうか。ならいい」
「…………」
「…………」
終わりかい。
成樹はこけそうになった。
わざわざ昼飯代を払ってまで誘ってきたのには、重大な理由があるのではないのか。そこまで自分が促してやらなければいけないのか。
別にこの間のように、あっさりと帰ったって自分は構わないのだ。
しかしそもそも何故前回はあんなことになったのか、そこまで思い返そうとした時だ。
「ずっと、考えていた」
低い声で、不破がとうとう切り出した。