甘やかに溶ける


『カーミラと才臓、どっちが主人公の名前なんですか?』

「あー、どっちだったかな……まぁ、見てみりゃ分かんだろ」



DVDをテレビの前に置かれたプレイヤーに入れる静雄さんの背中を見ながら、睦月はソファーの上でクッションを抱き抱えながら呟いた。腰を屈めて背中を丸めている静雄さんが何か可愛く見える。…言わないけど。

突然ですが、今日は静雄さんの部屋にお邪魔しています。睦月です。

羽島幽平こと平和島幽さんが主演の大ヒット映画、吸血鬼カーミラ才臓。前から気になっていた映画で、いざTSU〇YAでレンタルしようとしたら余程人気があるらしく、全て貸し出し中という現実に涙した私だったが、そのDVDなら持ってるぞと静雄さんから聞いて、本日静雄さんのお住まいにお邪魔させて貰った次第です。幽さんから直接貰ったのか、それとも自分で購入されたのかは、私も知らない。後で訊いてみようかな。



「コーヒーでも飲むか?」

『あ、頂きます!』



セッティングを終えて、台所へコーヒーを淹れに行ってくれた静雄さんは、かなり気が利くと思う。流石はあくまで執事ですね……いや、むしろ元バーテンダーと言うべきかな…?どちらにしろ、本人にはあまり言えないジョークである。



「ミルクと砂糖は一個ずつだよな?」

『はい。有り難う御座います』



此方に戻って来た静雄さんから、コーヒーが入ったカップを受け取る。何気に、私の好みも覚えてくれてたんだ。そういう私も、静雄さんがコーヒーに入れるミルクと砂糖の量は把握してるけど……うん。でも、これはちょっと嬉しいかも。

そんなこんなで、静雄さんとソファーに並んで腰掛けてDVD観賞を始めることおよそ一時間。吸血鬼カーミラ才臓は、確かに面白かった。アクションシーンは迫力があるし、話の展開もなかなか読めなくてかなり面白い。っていうのが恐らく人気の理由なのだろう事が、実際に観賞してみて分かった。

タイトルからしてふざけているのかと疑ってたけど、内容は意外にも真面目という。カーミラ才臓って名前の理由も、設定がかなり深いんだよ!ただのギャグかと侮ってたら全然違ったよ!!

そして幽さんの感情豊かな表情が……何かこう、個人的に違和感を感じてしまっていたりする。

決して演技が下手なのではない。むしろ完璧だと素人目にも思う。幽さんに見惚れてしまいそうな位。違和感の正体は、平和島幽という彼の素と、映画で演じているキャラとを比較した時に生じてしまうギャップだ。とはいえ、"此方"で"実際の彼"とはまだ会った事は無いんだけどね。



『スゴいですね…幽さん』



完璧にスタントをこなす幽さんを見てると、運動神経の良さは静雄さんと似ているのかもしれない。兄弟だし、コレは有り得そうだと勝手に納得して結論付けておく。



「……睦月、」

『?何で…す……』



テレビから隣に視線を移すなり、睦月は思わず固まってしまった。

いつも見慣れていたサングラスが無いせいだろうか。まっすぐ此方を見てくる彼の視線に、何だか柄にもなくドキッとしてしまった。おまけに、そんな静雄さんから何故か目が離せなくなって……余計にドキドキしてしまって。あれ?コレって何か変な雰囲気になりつつありませんか…?

静雄さんの顔が近づいて来て、睦月はゆっくりと目を閉じた。触れた唇から、感じる彼のぬくもり。微かに煙草の香りが鼻腔を擽る。煙草は基本的には好かないけど、この煙草の香りは静雄さんの匂いだから、嫌いじゃない。

さっきまであんなに映画に夢中だった筈なのに、気付いたら映画の話が分からなくなってしまった。



『ん…ふっ……』



指通りの良い睦月の髪を撫でながら、静雄は睦月との口付けを更に深めていった。互いの舌が絡み合い、くちゅり、と合わさった二人の唇の間から漏れる、湿り気を帯びた音。テレビの雑音より小さい筈のその音が、やけに大きく聞こえる。口腔で交わった唾液が、舌先から糸を引いて離れた。甘くて苦いコーヒーの味を、少し残して。



『映画見てたのに…』

「んなもんいつでも見れるだろ」



少し呼吸を乱して、トロンと熱に浮かされた目をしている癖に、むぅ…と唇を尖らせている睦月は、若干拗ねている様だ。ぶっちゃけ、誘っている様にしか見えねぇんだが…。

とは言うものの、睦月の言い分も一理ある。今回睦月が俺の部屋に来た理由は、幽の映画のDVDを見る為だ。しかも睦月に俺の部屋に見に来るか?と誘った手前、むしろ俺の言い分の方が間違っているんだが……。

よりにもよって、幽に妬いちまうとはな。

しかも、本人がいる前じゃなくて、テレビに写ってる幽に対してだ。兄として…つーか、一人の男としても、コレはどうかと思う。

睦月が幽の話をしたり、楽し気に映画を見てる睦月の目に俺が写らなくて、何となく不安になった。馬鹿だろ、と自分でも思うが、基本的に感情のコントロールが苦手な俺にはどうしょうもねぇ訳で。



『……優しくしてくれたら許します』

「ぐ……。善処はする」



どうやら、俺が少し苛ついてる事は読まれているらしい。先手を打たれた俺が気まずく了承すると、睦月はクスリと笑った。



『大丈夫ですよ。私が一番好きなのは、静雄さんですから』



畜生、可愛い事を言ってくれるじゃねーか。自分の許へ、彼女の肩を引き寄せて。力を入れすぎないよう、それでいて離さないよう、しっかりと腕の中へと包み込む。そんな俺に抵抗する事もなく、されるがままに身を委ねている睦月の表情は、俺を見上げて幸せそうに笑っていた。

やはり、彼女は気付いていたのだ。俺が拗ねてた事に。弟に嫉妬してた事に。小さな不安を抱いた事に。そんな俺の心情を看破した上での、この言葉。年下の筈なのに、こういう所が敵わねぇんだよなぁ…と、いつも思う。

そんな彼女に俺が甘えているのも事実で。そんな俺を甘やかしてくれるのもまた、彼女なのだ。

今回だって、俺の我が儘を聞き入れてくれた彼女は、俺より大人なのだろう。一度睦月にそう言ったら、それは過大評価だと笑われたが、多分間違ってはいないと思う。



『サングラスが無いと、いつもの静雄さんと印象が変わりますよね』

「そうか?俺は大して変わらねぇと思うけど…」



リモコンでテレビの画面を消す。DVDの方は、放っておけば勝手に終わるだろうし、ディスクも後で取り出せばいい。テレビの音が消えて急に静かになった室内で、リモコンをテーブルに置いた俺は腕の中にいる睦月と再び目が合った。少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、睦月に見詰められる。

今この瞬間、睦月の視界に写っているのは俺だけになった。たったそれだけで、単純な俺は安心してしまったらしい。胸中でモヤモヤと燻っていた感情も、嘘みたいに消えちまった。



「…普段のサングラスを掛けてる方が良いか?」

『いえ、静雄さんはどっちもカッコいいですよ』

「…バーカ。俺を煽るんじゃねーよ」



今度は睦月の方からキスをねだられ、静雄はその要望に応える様にして、再び彼女と唇を重ねた。

この後、睦月が映画の続きを見れたのは、それから翌日の事だった。


―――――――――

久しぶりに甘々な話を書いた気がする……最近はギャグやシリアスが主体だったからその反動でしょうか。しかも、ぬる〜くR15くらい?でもなくない気がしないでもない微妙なライン((だからどっちだよ!!

突発的に思い付いた話で、本当は寸での所で怪しい雰囲気で止まらせて、連載に組み込む予定のネタだったのに……不健全なオチまでいってしまったという←アウト
  
 
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