想いは風に揺れて(1/10)

世界が瘴気に覆われるより、今から数ヶ月前。地核からサクの疑似超振動(本人談)で脱出した後、暫くサクの意識が戻らなかった時の事。あの時、僕はベルケンドの医療施設へとサクを運んだ。

目が覚めた時にいた場所がシェリダンだった為、一応近くの医師にも診ては貰ったものの、この町の医療設備では精密検査が出来ないと言われ。町の人達からも、隣街のベルケンドがこの辺りでは一番医療設備が整った場所だと勧められ、彼等に協力して貰い、急遽ベルケンドへと向かったのだ。

幸いな事に、ヴァン達は既にこの地から撤退した後だった。シェリダンを襲撃するより以前から事前に研究施設の場所は移し始めていた為、今はもういない事は分かっていた。

シェリダンでの騒ぎはベルケンドにも届いていた様で、事情を話したら此方でも直ぐに対応して貰えた。少なからず負傷者もいた様で、事件当時は、シェリダンから運ばれて来た患者がサクの他にも何人か居たらしい。

診察をして貰った結果、早急に大きな処置が必要な状態ではないだろうと言われ、そのまま彼女が目を覚ますのを待つ事になった。その時、医師から彼女の状態について、僕は話を聞いた。

検査の結果、サクの身体を構築する音素の数値が異常に少なく、それ以前に、そもそも身体の構成物質が音素とは似て非なる物質で構成されている事が発覚した。以前ヴァンがサクはこの世界では特別異質な人間だとか言ってはいたけど…まさか、本当に異世界から来た人間だったとは、信じていなかっただけに、この検査結果にはシンクも驚いた。

医師の診立てによると、サクの身体は、本来なら音素を含まない構造である可能性が高いと言っていた。含有音素がほぼ第七音素のみであり、その第七音素が含まれている部分も身体の極一部で。その一部が、第七音素とサクの細胞同士が結合されている部分だと。そしてその結合部分の構造が、レプリカの身体構造と酷似している…とも。

何故、そんな状態になっているのか。その答えをシンクが知ったのは、レプリカネビリムを討伐しに行った折、サクが負傷を負った際だった。こういう傷を負った時は、フォミクリーを応用して傷を塞いでいるのだと、サクから直接話を聞いたのだ。自分は軽傷以外は治癒術が効きにくいみたいだから…と。

それは詰まり、過去にもそうやってフォミクリーで治療を施した事があるという事で。その心当たりが一つだけ、シンクにもあった。…自分が負わせる原因を作った、背中の傷だ。あの時、ルークの仲間達の誰かが言っていた。サクに治癒術が効かない…と。恐らくあの後、サクは自力でフォミクリーを使って傷を塞いだのだろう。その結果、第七音素が身体の音素含有量に含まれる事となった。

ベルケンドの医師に初めて診て貰った当初は、ここまでの事情は知らなかったものの、それでもサクの治療は、普通の医師達の手には負えない。という事だけは、否が応でもこの時点で判明した。医師の方からも、現状、これ以上は手の施し様がないとも、宣告された。

…あれから数ヶ月が経過して。その間、件のレプリカネビリム討伐や、アニスとルーク達との決闘により、サクは大きな負傷を負った。その際も、彼女はフォミクリーで自身の治療を済ませていて。本人は大した事ないから大丈夫だと主張していたけど……医師から詳しく状態を聞いていて、サクの本当の状態を知る身としては、やはり心配は残った。

だから、ベルケンドに寄る事になった際。もう一度、サクを医療機関に受診させた。前回同様、何も分からなければ、それはそれで仕方がないし。何もしないよりはマシだと、思ってのことだった。特に変わりがなければ、それはそれでいい……そう、願っていたのに。



「シンクさん。少し、よろしいですか?」



サクが検査に行っていて席を外していた際。待合席で待っていたら、サクの担当医から声を掛けられた。



「本当は、サク様からは内密にして欲しいと頼まれたのですが……貴方には話して置くべきかと、思ったので」



個人情報流出じゃないのかとか、患者本人の意思は尊重されなくて良いのかとか、色々思ったが、前回サクが倒れた時に、自分もサクの状態を聞いていた事が考慮されたのだろう。医師からの忠告をサク本人があまり聞かない事も見越してね。

正直、嫌な予感しかしなかった。そして、その予感は……あながち外れてはいなかった。



「正直、これ以上彼女の身体にフォミクリーによる治療は行わせない方が、賢明かもしれません」

「…どういう事ですか?」

「今回の検査の結果、以前より僅かにでしたが音素の身体含有量が上がっていました。恐らく新たにフォミクリーで治療された部位でしょう」



医師の推測は間違っていない為、シンクも肯定した。しかし、これだけの情報なら、話を聞くまでもなく十分想定の範囲内だ。問題は、何故、ここにきて医師がこれ以上の使用は危険だと判断したのか。これは仮定に過ぎませんが…と、言いにくそうにしながらも、医師の方から早速本題を切り出した。



「元々の音素含有量の数値がゼロだと仮定します。そうすると、今迄の様にフォミクリーでの治療を繰り返す度に、サク様の第七音素の身体含有量は当然増えていくでしょう。現在傷口は、フォミクリーにより音素とサク様の細胞同士でうまく結合されている様ですが……この状態ですと、最悪の場合、傷自体はそのまま治っていない可能性が考えられます」



通常、傷を負った場合、自己治癒力によって、傷はいずれ自然に治癒していく。大きな傷や病であっても、自力で治そうとする力はある程度働き、治療すれば完治する場合は多い。

けれど、サクの場合……フォミクリー治療によって傷口の間に音素を挟む事により、傷の自然治癒も進まず。荒治療で傷口が塞がれたままの状態になっているのではないか。だから、フォミクリー治療を重ねる度に、第七音素の身体含有量が増えている可能性が非常に高いと、医師は話す。

普通の人であれば、治癒術で傷を治せる様に、フォミクリー治療を施した場合も、問題なく傷は自然治癒していくだろう。けれど、サクの場合…身体構造が他とは根本的に違う為、その様には作用していないらしい。



「もし万が一、結合部分の音素が乖離する様な事があれば、再び傷口が開く危険性があります。それに、もともと音素含有量が0で正常な値の方です。取り込んだ異物(第七音素)に対し、拒絶反応を起こす可能性も考えられます」



第七音素の拒絶反応。第七音素の素養がない者が体内に第七音素を取り込むと、身体の構造が変質したり、精神汚染が発症する等といった様々な副作用が生じる事は、過去の実験からも明らかにされている。けれど、サクは一応、第七音素譜術士だ。此方は、まだ前者の問題よりは、まだリスクは低い方だと考えてもいいだろう。

だから、一番問題視するべきなのは……前者の方だ。



「勿論、この話には全て確証はありません。けれど、これ以上の大きな怪我やフォミクリーによる治療は……リスクを上げない為にも、避けられた方が良いでしょう」

「この事、サクには?」

「先程も、お話をさせては頂いたのですが…」

「…だろうね」



医師は言葉を濁していたが……シンクには容易に想像はついた。分かってても、大丈夫と言うのがサクだ。現に、今回だって危険な無茶を重ねている。本人に忠告した所であまり意味はないだろう。



「…分かりました。なるべく控えさせる努力はしてみます」



医師と話を終えて。サクの診察結果を彼女と共に聞いている間……結局サクは、自分の現状について詳しく僕には話さなかった。医師の方は本人から口止めされているから、当然ながらあの話に触れる事はなかった。

話の最中、サクが浮かない顔で話を聞いている時があった。多分、サクなりに…不安を感じていたんだと思う。イオン達の前では何ともない風に笑っていたけど、気にしている様子は、明らかだった。

でも……



「……サク」

『入院はしないよー』

「それはもういいから。それより……本当に大丈夫?」

『………、』



…結局、サクは僕にも、何も話してはくれなかった。

心配させたくないって考えているんだろうとは、察しがついていた。けど、だからと言って…知ってしまった以上、サクの大丈夫を鵜呑みにすることも出来ず。心配せずには、いられなかった。



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